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2009年4月の11件の記事

残り2週間をきって

至福のひととき

ミシシッピでのぜいたくな至福のひとときは、つぎの3つ!

1.朝、パソコンに向かいながら、目の端にりす子を捉えているとき

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ディズニーさんがチップとデールをキャラクターにしちゃう気持ちも分かるわ。ピーカンナッツをかじるりす子の癒しパワーははんぱない。

2.爆音でファンクミュージックをかけながら、窓全開で、60マイルで、夕暮れのでっかい空に向かって、ドライブしているとき

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どんなにオンボロの車だろうとも、ハンドブレーキきかなくて、車体に凹みだらけで、フロントガラスが割れていたりしようとも、わたしはトゥガルーカーが大好きなのだ。

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3.しみじみと残り少ない一日一日を思い返しながら、カフェドゥモンドのマグで、自分で淹れたカプチーノを飲んでいるとき

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最近、寝る前に、この1年間わたしはいったい何を学んだのだろう、とよく振り返ってみるのだが、うまく振りかえれない・・・

実は、ここに来る前にたてた目標があった。

「たくさん失敗して、たくさん恥かいて、たくさん愛を配る」

はぁ、だめだ・・・

まだ振りかえれないので、

また今度。

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ザリガニももう一度

地元の味

ザリガニの味が恋しくなって、また、あのザリガニ専門店に行ってしまった。ミシシッピに来たからには、体の芯までミシシッピに浸ってから帰らねば。笑

ジャクソンから西に20~25分くらい行ったところに、「クリントン」という小さな町がある。ミシシッピカレッジに行っている友達に連れていってもらった。

通りを走っていると道脇に、大きな赤い文字が!

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分かりやすい。笑

この大きな釜で、ザリガニ(Crawfish)をどんぶらこっこと茹でるのだな。

実は、このお店、隠れた人気店。前回行った時もそうだったが、行列が出来ていた。家族連れで来る人、ひとりで大量に買っていく人・・・

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今の時期は、ザリガニちゃんたちもかなり大きく成長しているので、ちゃんとハサミの中まで身が食べられる。

雑学:ザリガニのにおいは、水でも石鹸でもなかなか落ちないのだが、レモンで取ると、がんこなにおいも消えやすい!(ミシシッピに長く住んでいる友達より)

オシャレなレストラン大好きだけど、騒がしいバーも大好きだけど、

生活感のあふれるこういう場所が、落ち着くなぁー

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ソウルフードをもう一度

THE COUNTRY KITCHEN

家の近くに、いつも混んでいる食堂がある。その名も「カントリーキッチン」。地元の人もトゥガルーの教授も学生も、全員口を揃えて「美味しい!」と評判のキッチン。昼間は駐車場が満杯であることはずっと知っていたのだが、なかなかチャンスがなくて行けなかった。

今回、やっとこさ、「おかんの味」を求めて行って見た。

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カントリーキッチンに着くと、やはり駐車場が満杯!!やっとこさ車を止め、中に入る。中に入ると、はは~ん。たしかに、地元の食堂だった。工事のおじちゃんたちや、作業着にランニング一丁のおにいちゃんたちだらけ。笑

中にいたお客さんからすっごいじろじろと見られているのがものすごくよく分かった。何もしなくても注目されるって、なかなか体験できることじゃないね。笑

でっかいおばちゃんにソウルフードを盛ってもらう。

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・フライドチキン

・コーンブレッド

・ライスとグレービーソース

・コーン

他にも、オクラの煮物や、マカロニチーズや、マッシュポテトが山盛り。トゥガルーと大体同じようなメニューだけど、学食より、こっちの方が断然美味しかった。笑

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ソウルフードというのは、アメリカ南部の黒人たちが奴隷制の頃から食べていた伝統的な家庭料理である。プランテーションのオーナーからいらない野菜や肉を分けてもらいながら、アフリカでの料理を思い出しながら作っていったものだった。食べ物は、無駄なくすべて使いきる。そして、力をつけてまた明日プランテーションに働きにいけるように、スタミナたっぷりの料理となっていった。

最近、気になる食べ物。

チッタリングスとクーレイ。

どっちも学生たちからよく聞くんだけど、一体何なのかイマイチよく分からない。

チッタリングスは、ソウルフードで、豚の小腸らしい。臭いからみんな嫌いだと言っていた。私は、納豆は日本のソウルフードだと思うんだけど、どうかしら。

クウレイは、彼らの大好きなジュース。いろいろなフレーバーがあるらしく、「昨日は、キウィ・バナナ、今日はストロベリー飲むんだ~」と話している。水に溶かして飲むらしい(アメリカっぽい)。色がすごいドギツイらしい(アメリカっぽい)。

お土産に、クウレイ買っていっても、日本人の友達は喜んでくれるかな~。笑

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かわいい病

Elementary Japanese102

1年間もっていたクラスも、今日で授業が残り4回になった。

授業のはじめに、「はい、立ってくださーい。こんにちはー。げんきですかー?」とルーティーンをやるのが習慣になっていた。つい忘れてやらない時があると、「先生、今日はあれ、まだやってないですよー。なんか、やらないと落ち着かないんだよなー。」というようになってしまった彼ら、笑。

授業の終りも、「はい、終わりにします。立ってくださーい。いいですかー?ありがとうございました。さようならー!」と全員でやるまで、絶対に待っている。勝手に教室から出て行ったりしない。遅刻しようものなら、「○○くんを待ちましたー。」とみんなに責められる。「ごめんなさい。」といって、クラスにすごすごと入る。

そんな学生たちの顔が、今日は、すごく愛おしくなって、

「本当に寂しくなるなぁ。絶対、きみたちのこと恋しくなるわ。。。」

とため息交じりに言ってしまった。すると、

「それなら、まだいればいいじゃない!」

と元気よく言われた、笑。それはそうなんだけどね・・・と思いながらも、いろいろ考えた末の結果で、トゥガルーとの契約も1年なんだと話す。

「でも、スーパーバイザーは、先生にいてほしいって言っているじゃない!大丈夫だよ!」

「じゃあ、先生がトゥガルーにいられるように、署名活動すればいいじゃない!」

「キャンパス中にできるかな・・・!」

と相談し始めた・・・

もう!

かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!泣

それでも、冷静を装いつつ、政府からVISAが下りないことにはいられないと話す。すると今度は、

「じゃあ、アメリカ政府に手紙かけばいいんじゃない?先生をいさせて下さい、ってさ。」

・・・もう、かわいさ炸裂だった。泣

それでも、冷静に冷静に、

「本当によく1年間、途中で諦めもしないで頑張ったね。君たちがはじめて日本語を取った学生なんだよ。パイオニアだね!」と言ったら、

「Because we all like you, Sensei!」

って返された。ちーん。笑。よくそういうこと言えるよなー。笑。

本当に、ここでの生活はしんどかったけど、最初からこの子らには、ず―――っと癒されてきたなと思った。彼らがいたから、なんとか最後までなんとかやり遂げられそうなのだ。

今日もミシシッピの空、綺麗やー!期末テスト作り、がんばろっと。

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HIPHOPダンスのルーツ

温故知新

先日、トゥガルー大学の男子学生倶楽部フラタニティーと、女子学生倶楽部ソロリティー主催の「STEP DANCE SHOW」を見に行った。バスケットコートの応援席が、ほぼ満席に埋まった。大学の教授から保健センターの看護婦さんまで色んな人たちが見に来ていた。

始まる30分ほど前から、DJが音楽を流していて、それを聞きながら、自分が大学生だった時のことを思い出した。こんな風に、よくダンスイベントを開催しては、仲間たちと泣いたり笑ったりよくしていた。

客席では、好きな曲がかかると、どっと盛り上がり、みんな一斉にリズムに乗って、体を揺らしはじめるもんだから、まるで、さざ波が立ったかのようになる。そして、誰かが立ち上がったり、そこらかしこで好き勝手に踊り始めたりし出す・・・笑

ほんと、自由だなぁ~~~!!!

この人たちって、ほんとに素直に反応するのよね。笑

わたしの日本語の学生がショーケースに出ていた!教えてもらったルーティーンも入っていた。実は、あんなに早かったのか!?

むー、かっこいいじゃないか。笑

ショーケースの中では、HIPHOPは、ダンスとダンスと繋ぎとして使われていた。それが、私には新鮮に感じられた。今までメインだったのに、今回のショーでは、きっちりしたルーティーンはなく、それぞれが好きに音にのって次の段階までを繋いでいった。そして、音が止むと、何語か分からないような遠吠えのような掛け声がはじまり、一気にステップが始まる。完璧に揃えるシンクロの世界。

ゆるさ と キメるところ

現代性 と 懐古性

アメリカ と アフリカ

彼らにしかできない踊りだ。

私がどんなに真似しても出来ないんだろうな。

アメリカに来る直前に、ダンス雑誌の出版社に勤めている先輩と飲んだ時のことを思い出した。その時、彼は、「ダンスは、ストリートだけじゃないんだよね。日本にはどんなダンスがあるかね~。」と言っていた。それから、やけにその言葉がひっかかって、この1年ずっと考えていた。日本の踊り。日本古来の今でも語り継がれている踊り。カギはやっぱりそこなんだろな。

【カフェテリア前にて】

かわいいソロリティーの子たちheart01

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サングラスの彼は、なにげミスタートゥガルーshineだったりする。笑 

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アニメーションとポッピンやってた♪

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はぁ~

この風景、ぜったい恋しくなるんだろうな・・・!

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14時間のドライブの末に

前を眺める

今回は、テネシーに行った本来の目的を超えて、多くのものを感じ考えることが出来た。

***

ドライブって人の生き方みたいだ。

アメリカのハイウェイの上で、ひたすら、前を前を眺めた。時々、後ろを確認して、横の車を追い抜き、追い抜かれた。隣に友人を乗せることもあった。友人の車に乗せてもらうこともあった。けれど、たいていは、最終的には、私ひとりで前を見つめ、進むしかなかった。

春の花が一気に咲いているところもあれば、岩を削ったようなところもあった。窓を全開にして大声で唄うこともあったし、竜巻に怯えることもあった。途中で、多くの野生の動物たちがハイウェイの脇に横たわってしまっている悲しい姿も見た。ガソリンスタンドで、車と自分にエネルギーを補給した。

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こんな風景は、もう2度とみることがないかもしれない。もしかしたら、これからまだまだ見ることになるかもしれない。

***

テネシーの大学に着いて、あるポスターに目が止まった。「Dance!」 なにかダンスイベントがあるのかと思って、ステイ先のオランダ人のお母さんに聞くと、

「Alvin Aileyっていうダンスカンパニーが、大学でパフォーマンスをするみたいよ。」

というではないか!Alvin Aileyって、ニューヨークにあるAlvin Aileyじゃないかっ!!!なぜテネシーに!?!?ものすごく興奮していると、お母さんが連れて行ってくれることになった。

Alvin_ailey

パンフレットを見ると、「Alvin Aileyの歴史上初めて、HBCU(歴史的黒人大学)以外の大学でのパフォーマンス」とあった。その大学は、学部生が2万人を超す、マンモス校で、様々な人種の学生たちがいる。会場には、アフリカンアメリカンだけでなく、様々な人種の観客が集まっていた。なぜ、わざわざこの大学で、このタイミングで!?!?パフォーマンスは、まさにプロフェッショナルだった。もっと、ストリート以外のダンスも見るべきだと思った。身体表現の極み。

***

大満足で帰ってきた後に、オランダ人のお母さんに自分のやりたいことをちょこっと話してみた。すると、「あなたの話を聞いて、私の息子と似ているなって思っちゃったわ。」と言われた。

息子さんは、現在、南アフリカを拠点とし、HIPHOPを使ってAIDS/HIVへの危険性とその予防について訴える非営利団体の活動をしているようだ。HIPHOPが、特に若い世代に大きな影響を与えていることから、ラップやグラフィティー、DJ、ダンスなどを手段として、若者たちに訴えかけたり、一緒にステージを作ったりしているようだ。

Consciousflowz2 

ConsciousFlowz(詳しいサイトはこちら↓) 

http://www.consciousflowz.org/ConsciousFlowz/Welcome.html 

南アフリカにあるアメリカ大使館の協力を得たり、子どもたちにむけたラップコンテストを開催したり。彼自身もDJで、マスコミュニケーション学を大学院で学んだあとに、友達のDJやパーカッショニストたちと共に、活動を続けている。

その話を聞いて、何だか、とても励まされた。

まずは、ひとつ決めたことをやり通す。

ほおり投げているものをちゃんと拾う。

一生懸命考えたから、後悔はしない。

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竜巻

オーマイグッドネス!! 

とうとう、こちらの生活も残り30日をきってしまった。

ここにきて、急に、わたし今後の進路が分からなくなってしまった・・・

そこで、一人の時間を持つべく、イースター休暇の4日間、テネシーひとり旅を敢行した。ミシシッピ州ジャクソンとテネシー州マーフリーズボロの往復のドライブ。

なんとまぁ、7時間×2の14時間の長期戦。生まれてはじめてこんなに運転した。

いろいろあったのだが、中でも驚きだったのが、トルネード(竜巻)に遭遇したこと。

Tornado_img 

マーフリーズボロに着いた瞬間、街中にサイレンが鳴り響いた。いったいどんな街なんだと訝しげに思っていたら、

「ただ今、ナッシュビルとマーフリーズボロ間に、竜巻が5つ発生 全員建物の一階、または地下に避難すること」

と聞きとりにくいアナウンスが流れた。

人の流れに沿って、マーフリーズボロにある大学の一番大きな建物に駆け込んだ。と同時に、雷が轟く。近くに落ちる。落ちまくる。建物中の電灯がチカチカと点滅する。外は暴風雨。携帯は電波が繋がらなくなる。「あなた、ミシシッピから竜巻連れてきちゃったんじゃないの?」という冗談にならない冗談を言われる。

2時間ばかりたって、一気に晴れる。今までのことが嘘だったみたいだ。近くのおばさんが「○○通りは、全て停電ですって。早く家に帰らなくちゃ。」と言っていた。

あとで、CNNの全国ニュースに、マーフリーズボロに竜巻が発生したことが放送されていた。お母さんと赤ちゃんが亡くなってしまったそうだ。車でダウンタウンを走っていると、信号が機能しなくなっており、警察官が手旗で交通整理をしていた。竜巻に襲われた家がそこにはあった。まるで、怪獣に蹴飛ばされたかのように、めちゃくちゃにもげていた。2階部分がそっくりなくなっているアパートもあった。バカでかいアメリカのトラックが、真っ逆さまにひっくり返され、タイヤが空を見上げていた。なのに、すぐ1m横には、紫と黄色のパンジーが、まるで何もなかったかのように、のほほんと咲いていた。竜巻は通ったところだけを破壊し、あとは手をつけない。巻き込むだけ巻き込んで、時には、数百メートル離れたところに投げ捨てていく。

訪れたテネシーの大学では、学期に一回竜巻の避難訓練をやるそうだ。それだけ頻繁に竜巻が起こるということなのか。まるで、日本の地震訓練みたいだ。自然には、世界の強国アメリカでさえも勝てない。命の尊さ。

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ファンキーブルースマン参上!

Bobby Rushの世界

「次のブルースの授業には、ボビーが来るから、他の先生たちにも伝えておいてね。」

ドクターウッズから、留守電が入っていた。

次の日、授業に行ってみると、いましたーボビー・ラッシュ(Bobby Rush)!

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右の黒いトレーナーを着ているのが、ボビー。

左の黄色のシャツを着ているのが、ドクターウッズ。

少し前に、YouTubeで彼のライブ映像を見ていたので、「あぁ本物だ~!」と思ったけれど、結構普通のおじちゃんだった。彼は、ミシシッピ州ジャクソンに住むファンキーブルースマン。彼のYouTubeを見れば分かるけど、なかなかやることが激しい~笑。もう70歳超えてるのに・・・

授業が始まって早々、ボビーはこう言った。

「今回は、別に講義をしにきたんじゃないだ。ただ、これが言いたくてきたんだ。

Dr. Woods, I really appreciate that you have this Blues class.

ドクターウッズ、あなたのこの本当に素晴らしい授業に招いてくださってありがとう。この全米の大学の中で、ブルースの授業をしている大学の教授なんて、まずいない。本当に一握りなんだ。

You keep the Blues alive.

あなたが、ブルースを生かしてくれている。

人々の中には、ブルースは、もう古い。かっこわるい。とネガティブな発言をする者もいる。しかし、ブルースは、現在、君たちが聞いている音楽の源なんだ。HIPHOPも、R&Bも、ロックもジャズもブルースから来た。

If you don't like the Blues, it means you don't like your mom.

もしブルースが嫌いだというのだったら、それは、自分の母親のことを嫌いだというのと同じなんだ。」

ボビーは、エンターテイナーだった。「俺は、俗にいう、まぁ、アルコール中毒だったんだ。刑務所にも行った。」と当時の話をしたり、「太った女が好きなんだ!」と言って大きなパンツを見せてみんなを笑わせたり、学生とハイファイブしたりと、クラス中を巻き込んでいた。

途中で、なにかを手にし、口に近づけたと思ったら、手の中から音楽が聞こえてきた。小さな小さな古ぼけたハーモニカに、足で拍をとり、即興のブルースを歌ってくれた。そして、イスに腰かけギターを手にすると、「あの時、マディー(Muddy Waters)がな、・・・ウルフ(Howlin' Wolf)はその時、・・・それで、BB(B.B. King)のやつ、こう言ったんだよ・・・」と、言いながら、ブルースを歌ってくれた。コール&リスポンス。

私は、何だかとても安心した。なんだちゃ~んと探れてるじゃないかって!HIPHOPのルーツを、アフリカンアメリカンの音楽とダンスのルーツを。気づいたら、そこに自分がいた。本にも、インターネットにも載っていない、肌と肌でしか知れないことをたくさん伝えてもらっていた。

トゥガルーで日本語を教えていることを言ったら、ボビーが、「今年日本にライブしに行くよ!」と言っていた。中国でのライブはかなり多いけれど、それでも日本には今まで26回ほど行っているらしい。これで、帰国した後、ライブ行けたらスゴイよな~!笑

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ラスト1ヵ月!

カプチーノざんす◎

さあ、フェスティバルも終わり、授業はなんと4月いっぱいで終わりになってしまう。わたしに残された授業も、残り4週間ということだ。

あわわ~・・・

どんな風に1か月過ごそうかね。実は、何だかもう、すでにミシシッピシックになってきている。見るもの、触るもの、感じるものすべてが、もう一生出会えない気がして、ひどく愛おしい。日本に帰れることは、素直に嬉しい。大好きな人たちにたくさん会える。安心できる。安らげる。でも、同時に、ここにあるものを失うのがとても不安になる。大事なことが見えなくなりそうで、感情のないロボットになりそうで、多くの仮面をつけねばなりそうで、プライドで全身を固めそうで、溢れるモノと電光版とカラスに溺れながら自分を守ることしか考えなくなりそうで。

ミシシッピは、すっかり春を迎えている。

家の前に咲くつつじがきれいだ。これがまたやけに、日本を思い出させる。泣

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大学からの帰り、道の向こうに、何か動物がいることに気づく。

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りすかな・・・?と思って少しずつ近づいてみると、

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うーさーぎーだー!!!

小さな野うさぎだった。もう少し近づくと、白いしっぽをひるがえして、ぴょんぴょんと駆けていった。

まじ?野うさぎなんて初めてみた。普通、動物園のプレイランドか、ペットショップにしかいないでしょーよ!笑。かわいすぎだわ。このトゥガルーの森、鹿さえも現われるらしい。朝起きて、庭の外見たら、鹿が2頭草をはんでいた、とかよく聞く。もののけ姫の世界かい!笑

とうとう、念願のエスプレッソマシンを購入してしまった。

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これで、大好きなカフェラテが作れる。スタバに行かなくてもいいのだ。お家のソファに腰掛けて、ゆったりと残りの日々をしみじみ過ごすのだ。

今日はじめてカプチーノを淹れることに成功!1か月ほどかかったじゃないの、もう。笑。気分は、もはやバリスタ。きみきみ、うちのを飲みに来なさい。うっはっは!笑

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インターナショナル・フェスティバル終了!

世界を繋ぐ

インターナショナル・フェスティバルを大成功に終えることができた-!!

多くの人の助けを借りて、みんなで作りあげたフェスティバルだった。トゥガルーの日本語の学生たち、先生、スタッフの方々だけでなく、サポートしてくれた日本人の友人、日本語の先生、領事館の方・・・本当に、多くの人に感謝だ。

どうもどうも、ありがとうございました。

何事も、ひとりではできないね。ちょっと出来るようになると、まるで一人でやったかのようにすぐ勘違いしてしまうけれど、実際は、ものすごいたくさんの人たちに支えられているのだ。

今回のこのフェスティバルが、少しでも多くの人の笑顔時間を増やし、心をわくわくさせる空間を提供できていたならばうれしいなー!

最後日は、世界のパフォーマンスと世界たべもの祭り。

日本語の学生とまた一緒にソーラン節を踊った。月曜日に参加できなかった子も一緒に踊れて、よかったよかった◎

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朝早くから、日本の料理をみんなで作った!

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「オレ、Sushi シェフや~!」ってめっちゃ得意気ね。笑

しょう油漬けにしたチキンを揚げるその手つきは、慣れたもの。揚げながら、ソーラン節踊ってたし。笑

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会場にいって、準備開始。女の子たちは、浴衣に着替える。授業で着付けの練習をしたので、みんなひとりで着られるようになっていた。えらいぞ~

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わたしそんなに小さくないはずなんだけど・・・こう見ると、まだまだ身長要りそうね。

上手に浴衣が着れてる、着れてる☆

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NYでゲットしたちび傘もなかなかいい味わいを出していた。

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Sushiを試す学生たち。この後、彼は、割りばし袋をよ~くみながら、どうやって箸を持つのかを研究していたw

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韓国ブースやメキシコブースも大盛況で、すごく美味しそうだった。

昔むかしにやった外語祭の料理店を彷彿とさせた。あれから随分時が経ったのね~。

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大学生や高校生、教員やスタッフ、そして、お客さんなど合わせて300人くらいが集まり、会場は満員だった。

食べものって、本当に、人を幸せにさせるね。

世界を繋ぐのって、意外と単純なものなのかもしれない。

音楽だったり、ダンスだったり、美味しいものだったり、笑顔だったり、ハグだったり。

色々な人に、どうもありがとうございました。

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アフリカンアメリカンは、ホワイトだ

白黒つける

「きみは、アフリカン・アメリカンじゃない。アメリカ人だろ。アフリカンという言葉をどうして使うのか。」

トゥガルーの学生が、去年の夏、南アフリカに行った時に、こう地元の人に言われたらしい。

「私の祖先は、アフリカから連れてこられた!だから、私はアフリカン・アメリカンなのだ!」

そう応えても、彼らは、

「きみはどこで生まれたのか。アフリカか?きみの両親はどこで生まれたのか?アフリカか?祖母は・・・? ・・・違うだろう。きみたちは、ホワイトなんだよ。西洋化されている。ジーンズを履き、コーラを飲んでいる。」

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Minami 

アメリカでは、人種差別を受ける。アフリカでは、アメリカ人だ。ホワイトだ。と言われる。

じゃあ、彼らのアイデンティティーはどこにあるのか。

彼女が、大学の公開しているフォーラムでこの話をしている時、私が、胸が痛くなりながらも、彼らが辿るべき道は、「アメリカ人」として生きていくことではないかと思った。「アフリカン・アメリカン」ではなく、純粋に「アメリカ人」というアイデンティティーをもつこと。でも、これは理論上の理想論なのかもしれない。もし、自分が彼らだったら、そんな風に考えていけるのか。

公民権運動家であったW. E. B. Du Bois(W・E・B・デュボイス)は、『黒人のたましい』(1903年)の中で、こんな風に書いていたらしい。

「アメリカ人であり、黒人であるという自己の二元性(二つの魂、二つの思想、和解不可能な葛藤、黒い肉体のなかで闘っている二つの理想)は、実に異様な感覚である。」

その感覚、私には、分からないなぁ・・・・しょんぼり

今、面白い本を読んでいる。アマゾンで見つけてしまった。こういうことをトピックにしている人がいるなんて!!

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この中で、なんと、「トゥガルー大学」も出てくる。実は、トゥガルーで日本語を教えていた先生がいることが判明した。今から18年前に2年間ほど教えていたらしい。アフリカンアメリカンの男性と結婚し、その後UCLAで修士号を取得されたようだ。

指導教官から、何度かその話を聞いたことがあった。

「彼女は、まさにユキみたいだったのよ。本当によく似ているわ。学生と一緒によく踊ったりしててね。ふふふ・・・ だから日本人が好きなのよ~」

ふむ。どんな人だったんだろうなぁ~

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