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2009年5月の10件の記事

英語が出来るようになった?

強制的アウトプット

最近、「アメリカに行って、英語が相当出来るようになった?」とよく聞かれるのだが、

分からん。

けれど、「アウトプットは、思う存分しましたーーー!(泣)」というのが正直な答えになる。英語が出来るようになったのかどうなのか分からないが、これ以上できないほど、無理やりアウトプットをさせられたのは確かだった。しなければ生きていけない状況に立たされ続けた。

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大学について早々、指導教官にまず言われたのは、「今月末までに、授業シラバスとコースアウトラインを完成させて、私のところまで、三部持ってくるよーに♪」 シラバスもコースアウトラインもどっちも作ったことなんてないし!てか、英語ですよね!?と焦りまくった。

「この子、あなたの授業でゲストスピーカーしますんで、来てほしかったら、各自この子にアポ取ってねー。」というメールがいつの間にか、キャンパス中の教授に送られている。他の教授から次々とアポが来る。内容は、日本についての一般的な紹介から、戦後の日本における天皇崇拝、文化人類学からみた日本、日本の大学教育の現状などなど・・・。死ぬ気で90分を経つづける。

「この学期で、授業に使うお金欲しかったら、予算案書いてねー♪」と学期初めに言われ、「どうやって書くんですか。」と聞くと、「わたしみたいに書けばいいのよー♪ほら、これ見せてあげるから、がんばってー。そうしないと授業用にお金もらえないよ?」 なんだよそれー!!・・・いかに多くの予算を手に入れるかに全神経を費やす。

「学会発表の要約を送るんだけど、ここどうしたらいいと思うー?」「わー、先生、発表するんですね?」「私はしないわよー。あなたがす・る・の♪」 ・・・ちーん。発表当日朝4時にパワーポイントを作り終え、練習もままならないまま、すぐさま本番ー!はい、質疑応答ー!はい、報告書ー!

振り回され続けたおかげでアウトプットは、これ以上できないくらいできた。(苦笑)

本気で説得させたい時、絶対に取りに行きたい時、アメリカでは、誰にでも分かる客観的、且つ、シンプルな論理が最も効果的である、ということを本当に身を持って感じた。

それにしてもぶっ飛んでいたなー・・・(笑)もう一回やれって言われたら、絶対断るわ。

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リバース・カルチャーショック

世界のTOKIO

帰国してから、約1週間半が経った。逆カルチャーショックがあるとちゃんと構えていたものの、実際に経験してみると、かなり堪える・・・。

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まず始めに思ったことは、

  • 自分は巨人だ・・・

いつも人を少し見上げて生活していたはずなのに、戻ってくるとたん、目線が下になった。これじゃ、空を見げる回数も減ってしまうはずだ。家に帰り、キッチンや洗面台を前にすると、かなり屈まなければならなかった。こんな低い台でわたしは顔を洗っていたのか。そして、大事に持ち帰ったカプチーノマシーン。家族にお披露目すべく(笑)、準備をするために食器棚を開いた。すると、赤ちゃん用のようなマグカップがごろごろ出てくる。普通のマグはないのかと探していたら、向こうで使っていたCafe Du Mondeのマグカップがわが家のマグカップたちの中では、一番大きかった。一番小さいカップだったはずなのに。物の大きさというのは、相対的に認識していたことを知る。

  • 物に溢れている!!キラキラ!!

帰国してすぐに用あって渋谷に行った。残念ながら、偏頭痛になり、リタイア・・・。あの地獄の交差点を渡り、センター街を通り、スペイン坂を上っていく・・・・・・どこもかしこも、店から物が溢れ返っている。キラキラ、キラキラ。若者たちはまるで雑誌から飛び出してきたかのような、ファッションで街を闊歩している。どこまで富を追及していくのだろうか。「ここが世界のTOKIOか。」と思わずつぶやいてしまう。いくら不況といえど、世界で考えたら、先進国の中の先進国。日本に住んでいるというだけで、三角形の頂点である。想像した以上の富の世界だった。

  • アメリカに帰りたい・・・

正直、アメリカに帰りたい・・・。あんなに苦労したのに。あんなに日本に戻りたいと思っていたのに。はい。ないものねだり。一人じゃできないことだらけだからこそ、人の温かみを感じられた。物がないからこそ、ひとつひとつのことに心を込めることが出来た。くそー、一日が簡単に過ぎていくぞ。誰かと会うことも、美味しいものを食べることも、素敵なものを買うことも、いとも簡単に出来てしまう。お金を出すとそれがすぐに現実化する。ただ会いたい人たちと会いたいだけなのに。ただ少しの間外で腰掛けて、珈琲が飲みたいだけなのに。ここではお金を払わなくては、場所さえ手に入らない。

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成田空港での検疫作業

26時間のフライトの末

とうとう日本に帰国した!

しかし、日本でこんなに新型インフルエンザが大ごとになっているとは思わなかった。

ジャクソンを出発し、シャーロットで乗り換え、シカゴにようやく着いたものの、燃料補充やパイロットの人数変更などがあった。その結果、機内で3時間待たされてしまい、飛行機の中ではずっと何でもいいから早く成田に着いておくれーーーと乗客全員が思っていたはずだ。窮屈な場所で、閉じ込められるのは、本当に勘弁だ。

成田到着後、乗客が荷物を上の棚から取り出そうとしている時にアナウンスが入る。さあ、来たぞ。

「これから、保健所の者が検疫に乗り込んできます。そのまま、お席にお座り下さい。」

すると途端に、青い防護服、ゴーグル、手術用マスク、手術用手袋、白ビニール長靴で完全装備した検疫官が入ってきた。

手には、何やら不思議な機械を持っている。

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あとから分かったのだが、これは人の体温を測れる体温計のようなものらしい。ひとりひとりをカメラで写していた。現代テクノロジーはすごい。てっきり、ひとりずつ体温計を渡されて、ピピピッと飛行機中の乗客で大合唱を期待していたのだが・・・そんなわけないか。笑

その後のアナウンスで、

「乗客のみなさんは、全員マスクを着用して下さい。全員です。」

と念押しされ、マスクが次々と配られる。

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私の前の席のアメリカ人たちは、「おい!マスク姿で写真とろーぜ!」とわいわい楽しんでいた。ほんと愉快な彼ら。笑

マスクはアメリカでは珍しいものかもしれない。このご時世だが、ミシシッピはまだしも、NYでもシカゴでも、マスクしている人なんて、誰一人として見かけなかった。世界で一番、感染者が多いはずなのにね。

マスク着用後、湧き出てくるように検疫官が増え、ひとりひとり問診をしていった。

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英語と韓国語と日本語が混じり合う不思議な光景。しかもみんなマスク姿。話しにくい、聞きとりにくいで、なかなかコミュニケーションがうまくいってなかった。しかも検疫官同志も「どうしてこっちからやらないの?!」「すみません、今日が初めてなもので・・・」と困惑気味。国からの要請だから仕方ないのかなと思ったが、みなさん汗をぐっちょりかいていて、検疫官も検疫官で大変なんだなと思った。

何も異常がないと、こういう黄色の用紙をもらえる。

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新型インフルエンザって、「Pandemic Influenza」というのね。

無事にジャクソンから成田までたどり着き、検疫を通り抜けることができたけど、なんだか日本に帰ってきても、あまりいい気持ちがしなかった。今回来た訪日者は、日本に対する第一印象は、そんなによくないんだろうな・・・

ということで、最後の最後まで、いろいろな体験をさせてもらった約1年であった。ちゃんちゃん♪

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ミシシッピワニはいるのか

沼地へ

ミシシッピワニがいるのか、どうなのか。これは非常に気になるところ。

ということで、最後の最後に、幻のスワンプ(swamp)に出かけた。ここには、ミシシッピワニがいるというのだ。

スワンプというのは、沼地という意味。しかし、ただの沼地ではない!なんと、沼地から木がにょきにょきと生えているのである!

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どうして腐らないのか。かなり樹齢が長そうな木もある。そして、新しい小さな木も延びてきている。

私が行った場所は、ナチェストレースパークウェイと呼ばれる国立公園内にある、サイプレス・スワンプ(Cypress Swamp)である。昔、パール川(Pearl River)という川が氾濫した際に、ところどころに水たまりを残していったことから、この沼地が生まれたようだ。今は、人口湖(Ross Barnett Reservoir)が作られたことで、氾濫は無くなったという。

この沼地には、ワニがいるらしい。ミシシッピにいるワニだから、ミシシッピワニに違いない。ワニは背中を少しだけだして、静かに体をひそめているために、見た目では、木の枝が浮いているようにしか見えないという。

目を凝らし、蚊の猛襲撃に耐えながら、じっと待ってみたが・・・ミシシッピワニは恥かしかったらしい。その姿をみるとこはできなかった。

それにしても、なんとも不思議な場所である。魔法がかけられているかのようなミステリアスな雰囲気を持つ場所だった。

スワンプの近くに、川が流れていた。

「これって、ディズニーランドのジャングルクルーズじゃん!ウケルー!」

と言ったら、クリスに、

「お前らは、そんなものに45ドルも払っているのか。ウケルー!」

と言われた。

ふふんだ、どーせ自然を知らないですよーと思ったが、それは言わないでおいた。笑

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卒業式にあたって

何もないところから、何かを生み出す

トゥガルー大学は、卒業式となった。卒業式は、Graduationではなく、Commencementというらしい。一体どんな卒業式なのか。10時になって、チャペルに行くと、何か聞こえてくる・・・。

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アフリカンドラムだー!舞台の脇に、ドラマー用のブースが用意されていた。卒業式で、まさかこの演奏を聞くことになるとは思わなかった。さすがだ。笑

自分の息子、娘の晴れの姿を見ようと多くの人が詰めかけていた。

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が、卒業生を待つ家族や親せきの皆さんは・・・もちろん、踊っていた。笑

音があったら踊り出してしまうらしい。これは誰にも止められないのねー。

途中、あまりの暑さに卒倒しそうになったが、記念すべき卒業式に参加することが出来てよかった。

仲良しだったスティーブも卒業し(おめでとー!)、私の大好きなジョーダン(7歳)ともお別れ。

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オフィスと教室のあるHolmes Hall 、キャンパスとも、最後の別れとなった。

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本当に、限界をはるかに超えた毎日だった。こんなに一日を、一時間を、一瞬を、本気で生きたことはなかった。生きるのに精いっぱいだった。

「何もないところから、何かを生み出すこと」

これを私は、このトゥガルー生活を通して学んだのかもしれない。

誰も知っている人がいない。自分たったひとりで全く見知らぬに降り立ち、そこから人間関係を育んでいくことは、まるで赤ちゃんからスタートするようなものだった。

どうやって人間は言葉を習得するのか。外国語を習得するのか。文化を習得するのか。

子どもだったら深く考えずにできるのだろうが、大人になってしまった私にとっては、それまでもっていた観念、価値観、プライドを捨てることが、とてもキツかった。あとから考えてみれば、それは大したことのないものだったが、当時はそれが自分のアイデンティティーであり、自分を形成しているものだったからだ。

言語から文化にいたるまで、自分の今まで培ってきたものが、全く通用しなくなるという経験は、なかなか出来るものではない。

何もない状態から、どうするか。

私が見つけた方法は、その中から楽しみを見つけることだった。

実は多くのものが隠されている。言葉ではうまく表現できないのだが、楽しみなんてそこら中に転がっていることに気づけたことは、私にとって大きな発見だった。

一人でも楽しいが、誰かがいるともっと楽しくなる。

不便だからこそ、物が充実していないからこそ、時間がたくさんあるからこそ、誰かと一緒にひとつひとつを楽しむことを学んだ。

私がミシシッピに来たことは自分の意志ではなかった。もし、自分が選べる立場だったら、絶対に100%完全に、来ていない場所だっただろう。

ここで一生忘れることのできないときを過ごせたのは、私ひとりの力では決してない。

トゥガルー大学に招いてくれた指導教官メアリーをはじめ、背中を教えてくれた人たち、ミシシッピでの生活を支えてくれた多くの人たちがいたからだった。そのすべてに感謝である。本当にありがとうございました。

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南部と銃

銃カルチャー

帰国も直前というところで、ローカルボーイ・クリスの実家に遊びにいった。

前回彼が仕留めたシカさんが、こんな立派な姿になっていた。

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す、素敵なインテリアね・・・泣

さて、家族みんなに迎えられ、美味しい南部料理をご馳走になった。やっぱりおばあちゃんの味にかなうものはないね~

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私のお気に入りは、コーンブレッドとコーン、そして緑のビーンズ。日本の家庭料理にもありそうなあったかい味である。それに、スイートティーとピーカンパイ♪最高に南部なひと時である。

さて、食事もひとしきりつき、みんなで談笑が始まると、ん?何かおかしい・・・

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「おい、ユキ、ちょっとお前もやってみろー!」

とクリスに呼ばれ、言われるままに、庭に出てみると、なんと銃器がゴロリ。

そうだった。彼はまさに、ミシシッピのローカルボーイだった・・・。

切り株にプラスチックボトルを乗っけて、撃ちっぱなすという何とも危ない遊びをやっていた。

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私が持たされたのは、ショットガン一丁。黒の長細い銃だが、持ってみるとかなりズッシリくる。お米5キロの袋を持っているみたい。

「このまま、脇をしめて、飛び上がらないようにしながら、引き金を弾くんだぞ。」と言われ、私から離れるクリス。

まじか~い!と思いながら、このまま後に引けず、狙いを定める。引き金に、指をかけた途端、とんでもなく恐怖が襲ってきて、

「だめだめだめ、お願いだから一緒に持ってちょうだい!」

と叫ぶ私のみじめな姿・・・

最終的に一緒に持ってくれて、私は目をつぶって引き金を引いた。どこにいったか分からないけど、発砲する瞬間に、ショットガンからかなり振動を受けたので、どこかに弾が飛んでいったことはたしか。

「Good job!」と言われ、何がグッジョブなのか分からなかった。笑

その後は、45mmガーデンジャーという銃に挑戦した。これはセミ・オートのもので、持ち手にカチャリと弾の入ったケースを差し込めばいいというもの。ショットガンよりも軽かったので甘く見ていたため、発砲した途端の両手への振動は、予想以上に激しかった。しかも、「パンッ!!」という音がかなり大きかったために、鼓幕に大きなダメージ。少しの間、耳が聞こえなくなった。

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お父さん、なんか変な図だよ。

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先日、学生に銃のことを話した時、「銃が家にないの!?よく生きていけるね。ジャクソンで銃を持ってない家なんて、あなたの家くらいなんじゃないの?」と驚かれた。それほどまでに、南部において、銃の保持は当たり前のことなのだ。自己防衛のため、ハンティングのための銃とはいえ、何だかとても複雑な気持ちになってしまった。 子どもが誤って暴発するという事件は、あとを絶たない。もし銃がなければこんなことにはならないのに・・・と思いながらも、アメリカでの銃についての考え方はそんなに簡単な問題ではなさそうだ。

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ライブハウス

HAL&MAL’s

ミシシッピに来て何を得たかと聞かれて、すぐに思いつくのは、「聞く音楽が増えた!」ということだ。これは、自分にとってかなり大きなことだった。ジャズやR&Bもそうだが、特にブルースは私にたくさんのものをくれた。

久々に、ブルースのライブハウスに行ってきて、そう思った。

Central Mississippi Blues Societyによる

毎週月曜日20:00-23:00のライブ「BLUE MONDAY」

@HAL&MAL’s

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ジャクソンに住む者なら誰もが知っているこのライブハウス。昼間はレストランになっているという。ここに来るのは、2度目だったが、今回も大満足のライブだった。

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前回行った時には気づかなかったことに気づいた。「あそこにロバート・ジョンソンのポスターがある!」とか、「あれは、サム・チャットマンの絵だわ~」とか。半年間ブルースの授業を取っていただけあるわ、と一人でウッシッシ!

この日は、ソサイエティーのボスであるキングさんの誕生日だったため、たくさんのミュージシャンが集まっていて、食事もふるまわれた。

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ライブハウスの中は、常連さんばかりで、「やあやあ」とみんなが言い合っていた。

ほんとに、カンゴールのハンチングかぶって、アディダスの全身ジャージ着ているおじさんがいて、ハンドシェイクして、満足そうにブルースを聞いているのを横目でみながら、これって現実なんだよな~と改めて思ったりした。

女の人が次唄うみたいだ~と思ったら、なんとパット・ブラウンさんだった。彼女は、この前、トゥガルー大学のブルースの授業にお話しにきてくれたミュージシャンなのだ。あまりにもローカルで、面白くなってしまった。

ふっつーのおじさんが出てきたと思ったら、ものすっごいいい声で唄い始めたり、即興でジャムをするギターリストがいたり、常連さんがそこら中でボンゴやマラカスやタンバリンを鳴らして一緒に参加したりしていた。

観客のおばさんなんか、興奮しすぎて、立ち上がって踊り出しちゃってて、もはや「コール&リスポンス」の領域を超えて、ミュージシャンと観客の境目が全くなくなってた。生演奏のカラオケバーみたいだった。それだけ、コミュニティーが一体となっていた。

最後に、ネームカードをくれたおじさんにちょっと話しかけてみた。

「ドクタースミス(元学長でソサエティーの一員)って、知ってますか?」

すると、驚くことに、

「君はもしかして、トゥガルーで働いている子じゃないか?!エドガー・スミスのことだろ。この前、彼と君のことを話していたんだ。」

と言われた。世間は狭い。笑

「いつでも友達を連れておいで。君は、僕らのゲストだからね。お金がなかったら言いなさい。別に払わなくていいからな!それより、たくさん友達を連れておいで~。」

だって。笑

でも、いつか、また、HAL&MAL'sに来れる時があるといいな。

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断水!

南部らしいっちゃ、南部らしいけど

今朝、水道の蛇口をひねったら・・・

水が出てこなかった。なにをー!

お昼すぎまで待ってみても出てこない。

近くに住んでいる友達に電話してみるも、「何ともないよ。」という。

おかしい、おかしい、おかしい。

夕方3時まで待ってみたが、出てこない。

大学が管理している家なので、メンテナンスに問い合わせてみて、「突然出なくなったの?」と訝しがられる。

おかしい、おかしい、おかしい。

あまりにもおかしいので、

最後にもう一度電話してみると、

・・・「水道代、払い忘れてましたー!」

どんなオチだよー!

この大学らしいといえばらしいけど、本当にゆるいよなぁ。泣。

今日中には出ると言われたけど、案の上出るわけがなく。

なんせ、ここは南部なのだ~。そんなに物事がパッパッと進んだりしない。

指導教官の家にトイレ借りにいったり、友達のところにシャワーを借りにいったり、、カップラーメン食べたり。

ハリケーン、スノーストーム、竜巻、豚インフルエンザ、停電、断水・・・

こういうことを経験すると、水の大切さ、電気の大切さ、命の大切さを実感する。

どうか、明日は出ますように。

せめて帰国までには、出て欲しい。

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豚インフルエンザから

日本を英語で紹介すると?

日本で厳戒態勢が取られている豚インフルエンザだが、NYでは、ほとんど何もないかのように人々は生活していた。

ところどころマスク姿のアジア人を見かけたが、話している言葉を聞くとそれはほぼ100%日本語で、間違いなく日本人だった。

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日本は、本当にしっかりとしている。しつこすぎる時もある。笑

準備はいつも万全に。検査は念入りに。片付けは最後の最後まで。こういう徹底した行いは国家レベルで行われてきたのだろう。戦後の日本をここまで発展させた理由のひとつに違いない。

と、よく周りから言われる。笑

「日本から学ぶことがたくさんある。」

これは、アメリカにきて、アメリカ人や他の国の人から言われた衝撃を受けた言葉だ。今までは、そんな観点から日本を捉えたことがなかった。明示的にも、暗示的にも、日本国内では、目指せ西洋!目指せアメリカ!だったからだ。

こっちにきてよく思ったのは、実は、日本はもっと自信を持っていいじゃないかということ。「いやいや・・・そんなことないですよ。」って謙遜するのもいいけど、やっぱり日本には世界でハイレベルのクオリティーを持ったものがたくさんあると思う。出し惜しみするんじゃなくて、日本のいいアイデア、いい人材、いい手法をもっともっと世界とシェアしていくこともできるんじゃないだろうか。

中国の英語のテキストには、中国の内容が英語で書かれているという。生徒は、中国についてを英語で学ぶのである。

日本は、どうだろうか。英語の教科書で、アメリカのこと、イギリスのこと、オーストラリアのことをとてもよく学ぶ。相手の国の文化に非常に詳しくなる。

でも、実際に英語を使う時になると、それらは概して、相手側にとっては当たり前の情報なのだ。

問題はその次なのだ。

向こうが知りたいのは、「日本」のことだ。どんな文化があるのか、どんな歴史を持っているのか、どんな政治をしているのか。

だが、学校では、英語を習ったはずなのに、紹介できない。説明できない。

英語が話せない!

それは、話す内容がないからなのではないだろうか。

筆を持っていても、絵の具がないように。調理道具があっても、野菜がないように。

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↑2008年7月NYタイムズスクエアから、

このプログラムを通して、自分のにがーい経験から学んだこと!

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ブルックリンでのウエディング

Happy Wedding!

先輩の結婚をお祝いするために、この週末、ちょこっとNYに行ってきた。

豚インフルエンザ真っただ中で少し不安もあったけど、本当に行ってよかった!

遠距離恋愛の壁を乗り越え、国際結婚の壁を乗り越えたふたりの絆。自然なふたりで、一緒にいてすごく居心地が良かった。

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見守っているファミリーもとってもあったかかった。

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先輩の旦那さんの姪っ子が、なんと「アルプスいちまんじゃく」を完全にマスターしていた。超高速でやっているのをみて、どこの子も同じだな~と癒されたわ♪

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これからも、もっともっと幸せになってほしい。

いや、幸せになるに決まっているか!

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