カテゴリー「異文化」の35件の投稿

オクト―バーフェス

Prost!

10月というと、ドイツでは恒例のOctober Fesがある。

ハンナ曰く、「October fesは、ドイツでも、南ドイツの人たちしかやっていないのに、なんであのお祭りが世界的に有名なのか意味不明。しかも、そんなにドイツ人はそこまでビール狂じゃないし。」とちょっと怒っていたが(笑)、このお祭りは、個人的には純粋におもしろいし、いいお祭りだと思う。

ドイ・・・、南ドイツ(!)では、一週間くらい毎日毎日朝から晩までビールを飲み続ける。いつでも飲んでいるのに、もっと集中的に飲むのが肝。

それが、なんと日本・横浜の赤レンガ倉庫で開催されていると教えてもらい、行ってみることにした。

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ドイツのビアガーデンが再現されていた。赤レンガの前で。笑

ビールはミュンヘンのビールが中心だった。グラスを戻せばデポジットしてくれるシステムも同じだった。(デポジット\1000は高すぎるけど・・・) オーセンティックなソーセージを期待した私が甘かったのだけど、もう少しできるんじゃないかーとちょっと不服に思ったので、食べ物の評価はいまいちだったかな~。

すれ違う外国人ぽい人たちは、ドイツ語を話している人がやはり多かった。

すれ違うたびに、私はやっぱりドイツ語好きだと実感した。うれしくなる。発音を聞くと。文字もいいかも。(あー・・・こういう発言ってほんと典型的だと分かっているけど、やめられない。)

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Prost!

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この旗ほしかったけど、手に入らなかった。そこのチビくん、2本持っているならひとつおくれ。

今度ドイツに行く時は、October Fesか、クリスマスマーケットがある時に行きたいな。

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Cafe Du Monde

土地と食べもの

ふと電車の中の広告をみたら、マイボトルキャンペーンというのをやっていることを発見した。上島珈琲やスターバックスなど有名な珈琲のお店が名を連ねていたのだが、その中に、えっ?と思う珈琲やさんがあった。

Cafe Du Monde

・・・えっ!!なんであるの!?

家に帰って調べてみると、なんと日本にもCafe Du Mondeの支店がちらほらあった。20年前からあったらしい。今まで全く知らなかったぞ。http://www.cafedumonde.jp/

Cafe Du Monde(カフェ・ドゥ・モンド)は、ニューオーリンズのフレンチクオーターにあるカフェだ。私は、ニューオーリンズに行く度に、そこでチコリの入ったミルクたっぷりのカフェオレを飲んでいたのだ。

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Cafe Du Mondeでは、いつもJAZZが流れていた。もちろん生演奏なのだが、それが、ものすごくゆるい、笑。よれよれのシャツに、色褪せたパンツ、古びたハットを身につけて、黒人のおじちゃんたちがギターやらサックスやらを手に、「yo yo!」と店に入ってくる。のんびりのんびり準備をして、音合わせをして、誰かしらともなくチッチッチッ・・・と始まる。見た目はただのそこらへんのおじちゃんたちが、ファンキーな音を奏でていく。

すぐ脇を流れる雄大なミシシッピ川からの風が、ぬる~とした穏やかなアメリカ南部の雰囲気と、フランスの影響から貴重高いヨーロッパの雰囲気、カリブ海からのエキゾチックな雰囲気の3つを、よっこいしょとかき混ぜる。

唯一のメニューであるベニエ(粉砂糖をまぶしたドーナツ)は粉砂糖に埋もれて出てくる。口に運ぶ度に、そこら中に粉砂糖が飛び広がるから、店のフロアは粉砂糖だらけ。

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惜しみない、惜しみない。笑

そんなことを思い出したら、カフェオレがすごく飲みたくなり、さっそく次の日行ってみた。

お店の人にどうしてこのカフェが日本に来たのか聞いてみたら、Cafe Du Mondeの噂を聞きつけたダスキンが、日本でお店を出しませんか?と交渉したところから始まったということだった。

行ってみて思ったこと。

うーん・・・

やっぱりニューオーリンズで飲むカフェオレには敵わないね。笑

美味しいんだけど、その土地と食べ物はしっかりと結びついているということを実感した。

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それでも、恋しくなったら、いこうかな~

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アメリカンフットボール

アメリカを偲んで

「あぁぁぁぁ~アメリカ行きたい!」って無性に叫びたくなる頻度がだんだん減ってきた。日本の生活に慣れてきた証拠だろうか。

先日、弟が横田基地ハイスクールとアメフトの試合をするというので応援しに行った。

今まで横田基地はフェスティバルで行ったことがあったけれど、ちゃんと中まで入るのは初めてだった。

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いかにも日本!っぽいバスで基地へ。笑

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「Air Base」っていう単語、この時知った。今まで出てきたことなかったな~。

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見たことあるファーストフードがたくさんあった。「POPEYE'S」が日本にあるのが何だか滑稽だった。メニューも量もアメリカサイズだったし、ドル使ってた。ほほ~

ミシシッピでも、土曜日の夜は、アメフトの試合を見に行っていた。クリスのお父さんが、高校の試合で実況中継をしていたのが印象的だった。向こうでは色んな人がアメフトのルールを教えてくれたけれど、全然分からなかった・・・。日本に帰って、弟に説明してもらったが、結局分からなかった。これは、英語の問題ではなく、私の理解力の問題らしい。

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試合前にアメリカ国旗に向かい、胸に手をあて、アメリカ国歌を歌っていた。忠誠を誓うところが、日本とは違うなーと思った。

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相手は強そうやね~w

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つかの間の休憩をする弟。ものすごいぶち当たりを受けていた。そりゃ、毎日どこかしら怪我しているわけだわ。私は君が、ワイドレシーバーというポジションで、ボールを取って・走って・タッチダウンすれば点数が入る、ということが分かったよ。

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アメリカをもう少し詳しく知るためには、アメフトのルールをもう少し知らないとダメかもしれないねぇ。・・・それにはもう少し時間がかかりそうだけど。笑

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ビールと友情

海を越えて

最後の夜、ハンナと二人で、家の近くのビアガーデンにちょっと一杯飲みに行った。

ドイツのビアガーデンというのは、日本のビアガーデンとは少し違う。日本のビアガーデンは、ビルやデパートの屋上にあって、おじちゃんたちが仕事帰りに仲間と一緒にワイワイ飲むところだ。ドイツでは、もっと日常的な感じだ。川べりの芝生や広場に、ベンチが置かれ、パラソルが立てられている。

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ビールの屋台に行くと、1リットルのグラスでビールが渡される。最初見たときは、目を疑った。それをみんな、2、3杯とどんどん飲んでいくのだから、まるで黄金の水だ。法律的に、お酒は16歳から飲めるだけのことはある。

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背の高いグラスが1リットルグラス。私が飲んだのは、ビール×コーラ。あんまりコーラの味はしなかったけど。最近、日本でも発売されていた気がする。

ドイツの諺、「ビールは、ビール工場の煙突の影が落ちる範囲内で飲むべきもの」

ひとつの街にひとつのビール工場。できるだけフレッシュな、その土地のビールを飲むべきなのだろう。

帰国を控えた最後の夜は、大きなビアガーデンではなく、道の角の小さなビアガーデンにした。そこで、ハンナとゆったりと語った。アメリカでの生活のこと、帰ってきてからのこと、これからの夢のこと。現在、二年間のティーチャー・トレーニング中の彼女。半年後には、トレーニングが終わり、正式な英語教師になる。部屋には、英語教育や言語学、英文法、英文学、哲学の本がたくさんあった。

海を隔てた遠い遠いヨーロッパ大陸でも、こうやって同じようなことを考えながら、日々楽しくがんばっている友達がいる。そう思うと、心がほんわか温かくなった。

なんとなく、大丈夫なような気がしてくるぞ。

思った道をつらぬこーっと。

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食へのこだわり

Super lecker!

とりわけ、「食べること」にはんぱない関心を寄せている彼らと一緒にいたおかげで、めちゃくちゃ細かいところまで、ドイツ/フランス料理を堪能することができた。

美味しいものを、好きな人と食べ、語り合うことほど、

幸せなことはなーい!

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ドイツの日常的な朝。朝の日差しを浴びながら、カフェではみんなこれくらいぺロりとたいらげる。数種類のハム、サラミ、チーズ、チョコレートペースト、バター、ゆで卵、新鮮な野菜と果物。

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レストランのザワークラウトとクヌーデル。キャベツの漬物とポテト団子といえばいいのかな。中にソーセージのミンチが入っている。伝統的なドイツ料理でうれしい。結構胃にもたれるけれど、ザワ―クラウトが救ってくれる。

さて、ここからは家庭料理!

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バルコニーで直火のBBQ!豚肉をハーブで味付けしたものと、灯火のようなソーセージ。これは、Saarland州ではなくては生きていけない料理。豚肉がやわらかくて、ボリューム満点。

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ヤン特製のトマトのホワイトムース。このムースがトマトなんて信じられない!魔法だ。これはフランス料理。

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ラムとハーブを焼いて、オリーブを刻んだペーストをつけていただく。こういうのをさらりと作るところがにくい!

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マウルタッシェン。ひき肉と野菜をパスタ生地で包んだもの。このホワイトソース、ものの数分でクリームから作り上げる。隣にあるハンナ特製のキュウリサラダは、私の大好物。ドイツでは欠かせない調味料Maggieが入っている。

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ゆでたポテトにつけるクリーム。もちろん手作り。ヨーグルトとクリームチーズの合いの子である2種類の乳製品に、ハーブを混ぜる。乳製品を知り尽くしてるなーとひたすら感心。

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おじいちゃんの飼っているマスを一匹もらってきて、

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素敵な料理に仕上げてしまう。マスのグリル焼き。

レシピはとくにない。「なんとなくハーブとかガーリックとか、オリーブオイルとか入れてみただけ。」 というから大したものだ。そのうち、日本食も完全にマスターしてしまう気がする。

こりゃ負けてられんぞー!!

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ドイツで感じる日本観

東洋は西欧に、西欧は東洋に

海外での日本観に触れると、なんだかちょっと皮肉を言いたくなってしまう。

アメリカでもそうだったが、ドイツでも日本への憧れというものをすごく感じる。

昨日、夏祭りに行った。川の両岸にソーセージやビールの屋台が軒を連ね、子どもからお年寄りまでたくさんの人が夜遅くまで集っていた。途中でライブ開催されていた。人気のバンドが来るということでハンナとPilsというビール片手に、ワクワクしながら待っていた。テクノ調のロックバンドだったのだが、彼らの曲の中で、一番会場が盛り上がっていたのは・・・

"BIG IN JAPAN"

「俺は、日本でビックになりたい」というサビが繰り返されるたびに、オイオイ・・・とひいてしまった。小さな街で行われる単なる夏祭りなのに、大型スクリーンにはアニメの1シーンが次々と映し出され、人々はビールと音楽に酔いしれていた。日本は西欧を憧れとしていて、西欧は日本を憧れとしている。そういうものなのか。

ライブの後、バーに入り、ハンナの日本について聞いてみた。

「一体、日本をどんな風に感じてる?」

すると、

「とにかく、エキゾチック!ここからすごく離れているからかもしれないけど、とんでもなくかっこいい!って思ってるよ。ユキから色々日本について(おかしなことや変なことも)聞いているけど、それでもやっぱり、私は早く日本に行ってみたい!」

と目をキラキラさせていた。そういうものなのか。なーんだか腑に落ちないけど。

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フランクフルトにある「SUPER KATO」という日本食料品店にて。ハンナに「ユキも食べたらいいのにーーー!」と言われるが、なんだか食べる気になれなかった。笑 

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「うちには日本の包丁があるのだ。」と自慢げにみせるヤン。野菜用と肉用どっちも装備していて、「俺が日本に行く時には、ぜひ包丁専門店に連れて行ってくれ。」と頼まれた。

そんな二人に、昨日は日本食を作ってあげることにした。

ヤンが「ユキ、包丁は研いだ方がいいよね?」と、砥石まで取り出して上手に研いでくれた。そんなのどこで習ったんだよ。笑

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巻き寿司、サーモンのにぎり、親子丼に大満足してくれた二人。ちょっと心配だった親子丼も大絶賛で、おかわりまでしてくれたー。秘密の練習の成果か?笑

とにかく、この滞在中、お世話になっている大好きな二人に何かプレゼントできてよかっわ。

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ヨットクルーズ

海賊気分!

「舵取り!そのまま、まっすぐ20度で進んで。」

「もっとリール引っ張る!引っ張る!」

「マストに頭ぶつけないように反対側に乗り移る!」

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日本にいても何でも挑戦していこう!ということで、生まれて初めてヨットクルーズに参加させてもらった。大人はズルイですね~こんな楽しい世界を隠しもっていたなんて。笑

ヨットの世界はすごい。沖まではエンジンでいくものの、そこからエンジンを切る。フッと静かになり、波の音だけがちゃぷちゃぷと聞こえる。帆を張ると、風の力だけでスイスイ海の上を切るように進んでいく。すぐ近くで飛び魚が何度も跳ねる。本当に、「羽がついた魚」!風が強くなるに従い、ヨットがどんどん傾いていく。30度ほど傾いた状態のまま、スーっと進んでいく様子は、まるで魔法みたいだった。

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クルーザーで優雅にのんびりと・・・という海の楽しみ方もあるかもしれないが、ヨットの自然に逆らわないで楽しむ感覚が、自分には合っているかもしれないな~と思った。

陸に上がってからの、海鮮三昧も最高だった。笑

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なんて、美味しいんだろうか、海の幸!ありがとう、海の幸!

はぁ~ヨットかっけー!!でも、自分まだちょっと若すぎるかもな。笑

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キャデラック・レコード

Bridging the Gap

マイケル・ジャクソンが亡くなった。いまだに信じられない。ゾンビと一緒にPVのように蘇るのではないかと思ってしまう。エルビス・プレスリーと並んで、アメリカ音楽に大きな影響をもたらした一人だということは、誰の目からも明らかだ。

8月15日に日本で公開する映画がある。

『キャデラック・レコード ~音楽でアメリカを変えた人々の物語~』

Cadillac_records

webサイト:http://www.sonypictures.jp/movies/cadillacrecords/

ブルースがロックンロールとして発展していく歴史を描いている。なんてタイムリなのー!!!Muddy Waters(マディ―・ウォーターズ)と Little Milton(リトル・ミルトン)がレナード・チェスの目にとまり、チェス・レコードにおいて、ミュージシャンとして出発していくところから始まる。

ブルースが日本に降り立つー♪ビヨンセが出てるので、これから宣伝も始まるでしょう。私のために公開してくれるような映画だわ。笑

先日、disk unionの新宿ソウル/ブルース館にふらっと入ったら、なんとこの映画のサントラを偶然見つけてしまった~!その中で、心に留まった1曲。

"BRIDGING THE GAP"- Nas ft. Olu Dara (2004年)

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Youtube:

Muddy Watersの"Mannish Boy"を親子2人でカバーしている。Olu Daraは、Nasの父でJazzトランペット奏者。

[Olu Dara] See I come from Mississippi (俺はミシシッピから来た)
I was young and runnin' wild (まだガキで、色々やっていた)
Ended up in New York City, where I had my first child (NYCにたどり着き、子どもが生まれた)
I named the boy Nasir, all the boys call him Nas (Nasirと名づけたが、Nasと呼ばれるようになった)
I told him as a youngster, he'll be the greatest man alive (お前はすごい大物になるぞと言った)

[Nas] The blues came from gospel, gospel from blues (ブルースはゴスペルから生まれ、ゴスペルはブルースから生まれた)
Slaves are harmonizin' them ah's and ooh's (奴隷たちは、ウ―アーとハモった)
Old school, new school, know school rules (オールドスクールもニュースクールも、スクールにはルールがある)
All these years I been voicin' my blues (だが、ずっと俺は、俺のブルースを唄っている)
I'm a artist from the start, Hip-Hop guided my heart (俺は出発点からのアーティストだし、Hip-hopが導いてくれた)

古い世代も若い世代も違いはそんなにない。ニュースクールも、オールドスクールも関係ない。自分のブルースを唄っている。ただ少し違う表現方法でいるだけなのかもな。

Rest in Peace, Michael Jackson.

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逆カルチャーショック、復活宣言

カプチーノは健在なり

未だにアメリカが恋しくて、持って帰ってきたカプチーノマシーンは、埃をかぶることなく今日もガンガンに牛乳を泡立てている。

しかし、いつまでもメソメソとしているわけにもいかず、

復活宣言!!笑

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セントラルパークがなんだ~

日本でも、どこでも、できることがあるぞー!!!笑

刺激をくれる友達がたくさんいて、本当にかっこいい。アカデミックな分野でも、音楽の分野でも、ダンスの分野でも、医療の分野でも、ビジネスの分野でも、そして家庭の分野でも、

「あなた本当にかっこいいで賞」を勝手に授与したくなる。

あなた、かっこいいです!

昨日は、またまた、「かっこいいで賞」を勝手に授与したくなるような人に出会った。

本当にこんな人が世の中にいたのか~。出会いに感謝。

これからどんな素敵なことが起こるのか楽しみだ~

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リバース・カルチャーショック

世界のTOKIO

帰国してから、約1週間半が経った。逆カルチャーショックがあるとちゃんと構えていたものの、実際に経験してみると、かなり堪える・・・。

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まず始めに思ったことは、

  • 自分は巨人だ・・・

いつも人を少し見上げて生活していたはずなのに、戻ってくるとたん、目線が下になった。これじゃ、空を見げる回数も減ってしまうはずだ。家に帰り、キッチンや洗面台を前にすると、かなり屈まなければならなかった。こんな低い台でわたしは顔を洗っていたのか。そして、大事に持ち帰ったカプチーノマシーン。家族にお披露目すべく(笑)、準備をするために食器棚を開いた。すると、赤ちゃん用のようなマグカップがごろごろ出てくる。普通のマグはないのかと探していたら、向こうで使っていたCafe Du Mondeのマグカップがわが家のマグカップたちの中では、一番大きかった。一番小さいカップだったはずなのに。物の大きさというのは、相対的に認識していたことを知る。

  • 物に溢れている!!キラキラ!!

帰国してすぐに用あって渋谷に行った。残念ながら、偏頭痛になり、リタイア・・・。あの地獄の交差点を渡り、センター街を通り、スペイン坂を上っていく・・・・・・どこもかしこも、店から物が溢れ返っている。キラキラ、キラキラ。若者たちはまるで雑誌から飛び出してきたかのような、ファッションで街を闊歩している。どこまで富を追及していくのだろうか。「ここが世界のTOKIOか。」と思わずつぶやいてしまう。いくら不況といえど、世界で考えたら、先進国の中の先進国。日本に住んでいるというだけで、三角形の頂点である。想像した以上の富の世界だった。

  • アメリカに帰りたい・・・

正直、アメリカに帰りたい・・・。あんなに苦労したのに。あんなに日本に戻りたいと思っていたのに。はい。ないものねだり。一人じゃできないことだらけだからこそ、人の温かみを感じられた。物がないからこそ、ひとつひとつのことに心を込めることが出来た。くそー、一日が簡単に過ぎていくぞ。誰かと会うことも、美味しいものを食べることも、素敵なものを買うことも、いとも簡単に出来てしまう。お金を出すとそれがすぐに現実化する。ただ会いたい人たちと会いたいだけなのに。ただ少しの間外で腰掛けて、珈琲が飲みたいだけなのに。ここではお金を払わなくては、場所さえ手に入らない。

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成田空港での検疫作業

26時間のフライトの末

とうとう日本に帰国した!

しかし、日本でこんなに新型インフルエンザが大ごとになっているとは思わなかった。

ジャクソンを出発し、シャーロットで乗り換え、シカゴにようやく着いたものの、燃料補充やパイロットの人数変更などがあった。その結果、機内で3時間待たされてしまい、飛行機の中ではずっと何でもいいから早く成田に着いておくれーーーと乗客全員が思っていたはずだ。窮屈な場所で、閉じ込められるのは、本当に勘弁だ。

成田到着後、乗客が荷物を上の棚から取り出そうとしている時にアナウンスが入る。さあ、来たぞ。

「これから、保健所の者が検疫に乗り込んできます。そのまま、お席にお座り下さい。」

すると途端に、青い防護服、ゴーグル、手術用マスク、手術用手袋、白ビニール長靴で完全装備した検疫官が入ってきた。

手には、何やら不思議な機械を持っている。

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あとから分かったのだが、これは人の体温を測れる体温計のようなものらしい。ひとりひとりをカメラで写していた。現代テクノロジーはすごい。てっきり、ひとりずつ体温計を渡されて、ピピピッと飛行機中の乗客で大合唱を期待していたのだが・・・そんなわけないか。笑

その後のアナウンスで、

「乗客のみなさんは、全員マスクを着用して下さい。全員です。」

と念押しされ、マスクが次々と配られる。

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私の前の席のアメリカ人たちは、「おい!マスク姿で写真とろーぜ!」とわいわい楽しんでいた。ほんと愉快な彼ら。笑

マスクはアメリカでは珍しいものかもしれない。このご時世だが、ミシシッピはまだしも、NYでもシカゴでも、マスクしている人なんて、誰一人として見かけなかった。世界で一番、感染者が多いはずなのにね。

マスク着用後、湧き出てくるように検疫官が増え、ひとりひとり問診をしていった。

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英語と韓国語と日本語が混じり合う不思議な光景。しかもみんなマスク姿。話しにくい、聞きとりにくいで、なかなかコミュニケーションがうまくいってなかった。しかも検疫官同志も「どうしてこっちからやらないの?!」「すみません、今日が初めてなもので・・・」と困惑気味。国からの要請だから仕方ないのかなと思ったが、みなさん汗をぐっちょりかいていて、検疫官も検疫官で大変なんだなと思った。

何も異常がないと、こういう黄色の用紙をもらえる。

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新型インフルエンザって、「Pandemic Influenza」というのね。

無事にジャクソンから成田までたどり着き、検疫を通り抜けることができたけど、なんだか日本に帰ってきても、あまりいい気持ちがしなかった。今回来た訪日者は、日本に対する第一印象は、そんなによくないんだろうな・・・

ということで、最後の最後まで、いろいろな体験をさせてもらった約1年であった。ちゃんちゃん♪

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ブルックリンでのウエディング

Happy Wedding!

先輩の結婚をお祝いするために、この週末、ちょこっとNYに行ってきた。

豚インフルエンザ真っただ中で少し不安もあったけど、本当に行ってよかった!

遠距離恋愛の壁を乗り越え、国際結婚の壁を乗り越えたふたりの絆。自然なふたりで、一緒にいてすごく居心地が良かった。

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見守っているファミリーもとってもあったかかった。

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先輩の旦那さんの姪っ子が、なんと「アルプスいちまんじゃく」を完全にマスターしていた。超高速でやっているのをみて、どこの子も同じだな~と癒されたわ♪

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これからも、もっともっと幸せになってほしい。

いや、幸せになるに決まっているか!

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残り2週間をきって

至福のひととき

ミシシッピでのぜいたくな至福のひとときは、つぎの3つ!

1.朝、パソコンに向かいながら、目の端にりす子を捉えているとき

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ディズニーさんがチップとデールをキャラクターにしちゃう気持ちも分かるわ。ピーカンナッツをかじるりす子の癒しパワーははんぱない。

2.爆音でファンクミュージックをかけながら、窓全開で、60マイルで、夕暮れのでっかい空に向かって、ドライブしているとき

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どんなにオンボロの車だろうとも、ハンドブレーキきかなくて、車体に凹みだらけで、フロントガラスが割れていたりしようとも、わたしはトゥガルーカーが大好きなのだ。

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3.しみじみと残り少ない一日一日を思い返しながら、カフェドゥモンドのマグで、自分で淹れたカプチーノを飲んでいるとき

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最近、寝る前に、この1年間わたしはいったい何を学んだのだろう、とよく振り返ってみるのだが、うまく振りかえれない・・・

実は、ここに来る前にたてた目標があった。

「たくさん失敗して、たくさん恥かいて、たくさん愛を配る」

はぁ、だめだ・・・

まだ振りかえれないので、

また今度。

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竜巻

オーマイグッドネス!! 

とうとう、こちらの生活も残り30日をきってしまった。

ここにきて、急に、わたし今後の進路が分からなくなってしまった・・・

そこで、一人の時間を持つべく、イースター休暇の4日間、テネシーひとり旅を敢行した。ミシシッピ州ジャクソンとテネシー州マーフリーズボロの往復のドライブ。

なんとまぁ、7時間×2の14時間の長期戦。生まれてはじめてこんなに運転した。

いろいろあったのだが、中でも驚きだったのが、トルネード(竜巻)に遭遇したこと。

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マーフリーズボロに着いた瞬間、街中にサイレンが鳴り響いた。いったいどんな街なんだと訝しげに思っていたら、

「ただ今、ナッシュビルとマーフリーズボロ間に、竜巻が5つ発生 全員建物の一階、または地下に避難すること」

と聞きとりにくいアナウンスが流れた。

人の流れに沿って、マーフリーズボロにある大学の一番大きな建物に駆け込んだ。と同時に、雷が轟く。近くに落ちる。落ちまくる。建物中の電灯がチカチカと点滅する。外は暴風雨。携帯は電波が繋がらなくなる。「あなた、ミシシッピから竜巻連れてきちゃったんじゃないの?」という冗談にならない冗談を言われる。

2時間ばかりたって、一気に晴れる。今までのことが嘘だったみたいだ。近くのおばさんが「○○通りは、全て停電ですって。早く家に帰らなくちゃ。」と言っていた。

あとで、CNNの全国ニュースに、マーフリーズボロに竜巻が発生したことが放送されていた。お母さんと赤ちゃんが亡くなってしまったそうだ。車でダウンタウンを走っていると、信号が機能しなくなっており、警察官が手旗で交通整理をしていた。竜巻に襲われた家がそこにはあった。まるで、怪獣に蹴飛ばされたかのように、めちゃくちゃにもげていた。2階部分がそっくりなくなっているアパートもあった。バカでかいアメリカのトラックが、真っ逆さまにひっくり返され、タイヤが空を見上げていた。なのに、すぐ1m横には、紫と黄色のパンジーが、まるで何もなかったかのように、のほほんと咲いていた。竜巻は通ったところだけを破壊し、あとは手をつけない。巻き込むだけ巻き込んで、時には、数百メートル離れたところに投げ捨てていく。

訪れたテネシーの大学では、学期に一回竜巻の避難訓練をやるそうだ。それだけ頻繁に竜巻が起こるということなのか。まるで、日本の地震訓練みたいだ。自然には、世界の強国アメリカでさえも勝てない。命の尊さ。

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私、やっぱり自然に慣れてない!

自然を自然だと感じられるようになりますように。

アメリカ人は、

自然を楽しむのが上手い!と思う。

というか、アメリカ人に限定しなくとも、単に、自分が自然と戯れるのが慣れていないのかもしれない。あまりに、いちいち感動しすぎて、「ここは、どこ?」と目をこすったりして、オーバーリアクションまがいの行動をしすぎて、つ、つかれるんだよ。笑

でも、これくらいしないと、何だか自然の力に圧倒されてしまうのだ。

今の生活は、ありえない生活なのだ。

朝、小鳥がピチュピチュ鳴く声で目が覚めるって、

リスが窓を渡り、木の実を食べる音がするって、

ブラインドを開けると裏庭にみどりのじゅーたんが見えるって、

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毎日空があたり前のように広がっているって、

そりゃ空に向かって思わず、「あんた、今日も綺麗じゃねっ!」とつぶやいてしまうよね。

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自然が当たり前の生活がしたいなー。

身体がうれしがっているのが分かるものー。

テネシーの旅では、山の上ロッジを一軒借りて、時の流れと、森を楽しんだ。

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ここに半年くらいこもって、昼間は論文書いて、夜は踊って唄う生活ができたら、幸せだなぁと思った。

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Geat Smoky Mountainのそばにあるロッジ「Bear Rock」

あまりにも大好きで、写真載せすぎてしまった。ぜったいにまた訪れてみせるから、待っててね!べあー!

Colonial Properties, Bear Rock

http://www.smokymtndreams.com/BearRock.asp

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テネシーでブルースに触れる

Blues in the House

5日間、テネシー州を東から西に横断する旅をした。一緒にいったのが日本人の友達だったので、久しぶりに日本語をずっと話していた。そのせいで、何だか日本に一時帰国をしたような感覚になっている。笑

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この旅で、将来、東海岸から西海岸までアメリカを横断してみたいと思った。州ごとによって特徴があって、まるで違う国みたいだからだ。今回は、テネシーの魅力をたっぷりと知ることができた。

今回は、ブルース特集。

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アメリカにきてから、音楽がなんて人間味があるんだろうって、わくわくするようになった。

音楽って人やわ~

音楽よ、出会ってくれてありがとう。もっと幅広くいろいろな音楽を聞いていこう、もっと深く知っていきたいと思った。

まずは、テネシー州のチャタヌーガで、Bessie Smith Museum(ベスィー・スミス ミュージアム)を訪れた。Bessie Smithは、「ブルースの女王」と呼ばれている女性で、私がブルースの授業でプレゼンをしたアーティストだ。Bessieはチャタヌーガで生まれ、偉大なブルースウーマンになった。ものすごい渋い深い声をした大柄でワイルドの中のワイルドな女性だったようだ。

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受付のおばちゃんに、「実は、私、日本からきまして、今ミシシッピの大学でブルースの授業を取ってるんです。Bessieについてリサーチしたんですが、やっぱり彼女はいいですね~」と話しかけてみたら、なんとそのおばちゃん、Bessieの姪っ子だった!笑。いろいろ家族の話や、ストリートライブのときの話などもしてくれて、最後には新聞の切り抜きをコピーまでして持たせてくれた。「これからもがんばるのよ。」と励ましてもらったのだった。笑

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旅の間、ブルースのCDをたくさん聞いたのだが、ライブはまた違うな~と思った。メンフィスに着いてすぐに、ブルースが聞こえてきた。街のおっちゃんたちが奏でるブルースは、ほんものだった。今でもメンフィス・ブルースは、しっかりと生きているのね。

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私はアフリカンアメリカンを理解することができるのか

カウントダウン開始

ここでの生活も、残り100日をきってしまったー!一日、一日を愛おしく思う。全力で駆け抜けるにはもったいなくて、ひとつずつ大事に過ごすことに決めた。

最近すごく考えること。異文化理解ってなんぞや!!

今日、ブルースの授業で、とうとう、ドクターウッズにこう言われた。

「Japanese can understand African-American? (ジャパニーズは、アフリカン・アメリカンを理解できるのか。)」

これは、私にとって目を覚まさせてくれる言葉だった。私は、アフリカンアメリカンを理解することができるのだろうか。私は、彼らの大学に入り、彼らと同じスピードで生活し、彼らと同じものを食べ、彼らの歴史を知り、彼らの音楽をきき、彼らと踊りを楽しんでいる。

だけど、

私は、アフリカンアメリカンを本当に理解することはできないと思う。

なぜなら、私はアフリカン・アメリカンではないから。どんなになりたくても、私はアフリカンアメリカンにはなれない。私の祖先は、アフリカから連れてこられた奴隷ではない。私が、ダウンタウンにいっても警察に疑われたり、人種差別をされることはない。

昨日、フランスアカデミーいうなぞの会に参加した。半分以上の出席者がフランス語を話していた。ルイジアナの西南でケイジャンとして育った77歳のおじいちゃんチャールズと話していたら、こんなことを教えてくれた。

「クレオールは、人種ではない。ナショナリティーでもない。言語でもない。クレオールは、文化なんだ。クレオール・アフリカンアメリカンもいる。クレオール・ホワイトもいる。クレオール・スパニッシュだっている。クレオール・トマトだってある。クレオールはね、文化なんだよ。」

私は、チャールズおじいちゃんの言っていることが、分からなかった。英語としての意味は分かったのに、その内容が身をもって感じることができなかった。この夏、私はニューオーリンズに行った。素敵な町だった。だけど、クレオールという言葉がもっていた差別性も、ケイジャンの成り立ちも、ハリケーンカトリーナの悲劇も、分からなかった。これは、いくら勉強しても分からないような気がした。

異文化を理解することなんて、できないんじゃないかと思った。

だけど、

ドクターウッズは、いつも私に会うとお辞儀をしてくれる。まるで日本人であるかのようなナチュラルなお辞儀で驚く。敬意をこめて接してくれているのが、とてもよく伝わってくる。「ゆき!」と必ず声をかけてくれる。常に、私に対して、心配りをしてくれている。

チャールズおじいちゃんは、私がフランス語ができないことも、クレオールが何なのかまだ理解できていないのも分かっていた。なのに、「また来月の集まりのとき、話そうね。いいかい、ここのサイトを調べておくようにね、ゆき。」といってハグしてくれた。

異文化理解って、理解したというゴールに辿りつくことが目標なんじゃない気がした。理解しようとする過程で、人の思考と人の思考とが押し合いへし合い、ぐるぐる回って、アイデンティティーが少しずつ動き、変わっていくことが、大事なんじゃないかと思った。なんだか、流動的だけど、そのつかみどころのなさが大事な気がした。

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ブルースのライブハウス

ブルースって何なのか知りたい!

まだひよっこが大それた本を読んだって分からないと思ったので、えいやー!とジャクソンのライブハウスに連れていってもらうことにした♪笑

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Central Mississippi Blues Societyが毎週月曜日やっているブルースライブがやっていた。ライブハウスの雰囲気が、とてもよかった。

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陽気なおばさん、おじさんがたくさんいて、私が急に入っていっても、あたたかく迎え入れてくれた。黒人も白人も関係なく、音楽を楽しんでいて、何だかとてもうれしかった。登録しておくと、一緒にジャムができるようになっていて、フランスからきたバンドマンたちも飛び入りで参加したりしていた。

たまたま隣に座っていた黒人のおばちゃんがノリノリにダンスしていたので、一緒に踊ってみたら、話しかけてきてくれた。かなりの音楽通のおばちゃんに当たってしまったようで、ミシシッピで行われる音楽祭や、ニューオーリンズのライブハウス情報など、ことこまかに教えてくれた。「デルタのブルースフェスティバルには、絶対行くこと!」と念押しされた。

そして、そのまま、「ちょっとおいで、紹介してあげるから!」と強引に、ライブハウス中をまわることに、笑。なんだか良く分からないけど、いろいろな人と話してみたら、意外と、トゥガルーって強い武器だということを発見した!「実は、わたし、日本という国から来ていまして、今トゥガルー大学で、日本語教えているんです。」と話すと、「あら、わたしトゥガルー出身よ!」と言われたり、「ウッズ先生知ってる?」と言われたり、ものすごく親しみをこめられた。ミシシッピの黒人には、トゥガルーという言葉は、キーワードらしい!「ブルースの歴史の授業を聴講してるんです。」といってしまった暁には、たくさんの名刺をいただいた。何がのちに影響するかなんて分からないね・・・w

それにしても、ライブは最高だった。私は、今までサックスとドラムのとりこだったけれど、ライブに行くようになってから、ギターとベースのかっこよさに気づきはじめてきた。音楽を聞いていて、気持ちいい!もっと聞きたい!って思えることに感謝だ。

そもそも、私は18歳くらいまで、音楽なんてほとんど聞かず興味が全くなかった。それが、HIPHOPミュージックと出会ったことをきっかけに、R&BやFUNK、ソウルと、どんどん楽しめるようになった。なんというか、アフリカン・アメリカンミュージックが、自分の身体にマッチするのだ。自分の身体が、こういう音楽好きだ~と反応するのである。ブルースまで行き着いたのは、もやは必然だったような気さえしてくる。

居心地のよい空間、心を通わす音楽、ほどよいお酒、そして一緒にいてくれる仲間。わたしにとって、最も贅沢なひとときは、この4つの要素が合わさった時かもしれない。

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すてきな時間を過ごさせてくれて、どうもありがとうございます!!!

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オバマ大統領就任演説

政治へのこれほどの関心

今週のトゥガルー大学は、

・オバマ氏の就任演説(inauguration)の日は、全校休講! →大学がバスを出し、学生や教員そろって、ワシントンDCまで演説を聞きにいくため

・その翌日も休講!→次の日、20時間かけて、ワシントンDCから続々と帰ってくるトラベルデーのため

モチベーションに脱帽だ。

私は、キング牧師の朝食会を済ませたあと、車でアラバマに向かった。アラバマのバーミンガムというところに、同じFLTAの友達がいるのだ。その友達に会い、お世話になった彼女の指導教官にお礼をいいに行くためだ。もちろん、公民権運動の中心地バーミンガムで大統領演説を聞きたいという想いもあった。

ミシシッピ・ジャクソンから、約4時間、ハイウェイ I-20をひたすら東に進んだ。運転にも慣れてきたものだ。渡米する1週間前にぎりぎり仕方なく免許をとったというのに・・・。必要は発明の母とはこのことだ。この私が、アメリカ南部で、真っ赤なフォードを120kmで飛ばしながら、ブルースなんかを聞くようになったのだ。

バーミンガムに無事に到着し、友達に再会した。テンションが上がった。彼女にいるアラバマ大学は、とてつもなく大きかった。日本語のクラスにも参加させてもらったが、この大学では、スペイン語・フランス語に続き、日本語は、第3位の地位を確立させていた。凄い――――!隣の州アラバマはここまで成長していた。

さて、20日は、大統領就任式だった。アラバマ大学にある映画館のようなモニターで学生や教員たちと一緒にオバマ氏を観戦した。

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モニターには、ワシントンDCのナショナルモールに集まる数十万の人々が映し出された。隣で一緒にみていたアメリカン人の教員が、「今まで歴代大統領の演説を聞いてきたけど、今回は、ものすごい数だな。」とつぶやいていた。「この中にトゥガルーのみんながいるかもしれない。」と思い、食い入るようにモニターの人々をみたが、知った顔は見つけることはできなかった。

アメリカに来てから、実は、私は二度、ワシントンDCを訪れている。リンカーンセンターの前に立ち、モールを見渡したのを覚えている。あそこにあんなにたくさんの人が埋め尽くされ、そのすべての人が自分の演説を聞きにきている・・・。それは、どういう気持ちなんだろうと想像してみた。想像しただけで、圧倒されてしまった。あの場に立っているだけでもオバマ氏はすごい。彼は、相変わらず、落ち着きながらも力強く、民衆に語りかけていた。

演説が終わったあと、テレビモニターのまわりには、ずっと学生たちが群がっていた。

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これほどの期待を背負い、オバマ氏はどう進んでいくのだろう。えっらい時に、アメリカにきてしまったものだなぁ。

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キング牧師の生誕を祝う朝食会で

「沈黙は金」ではなくなる時

1月19日は、アメリカ国民の祝日。Dr. Martin Luther King Jr.(こっちではMLKと訳す)こと、キング牧師の誕生日。

・・・日本での天皇誕生日とは、かなり異なる感覚ね♪

私はこの日、「キング牧師の生誕 を祝う朝食会ー沈黙が金でなくなる時ー」という謎のパーティーに招かれた。しかも、朝7時30分から開始w

これは、トゥガルー大学と、近くにあるミルサップス大学が合同で毎年行っているものらしい。トゥガルー大学は、ほとんどの学生がアフリカンアメリカン、ミルサップス大学は、ほとんどが白人学生。この2つの大学が、一年に一回、一緒にキング牧師の誕生日を祝う。

そして、さらに謎なことに、この朝食会で、私はマザーテレサのことばを朗読することになってしまった。

次々と映し出されるスライド。ネルソンマンデラ、ジョン・F・ケネディー、インディラガンディー、そして、マザーテレサ・・・

  • I think that we in our family don't need bombs and guns, to destroy to bring peace - just get together, love one another, bring that peace, that joy, that strength of presence of each other in the home. And we will be able to overcome all the evil that is in the world. There is so much suffering, so mcuh hatred, so much misery, and we with our prayer, with our sacrifice are beginning at home. Love begins at home, and it not how much we do, but how much love we put in the action that we do. It is God Almighty - how much we do it does not matter, because He is infinte, but how much love we put in that action. How much we do to Him in the person that we are serving.
  • (意訳)私たち家族には、爆弾も銃も、平和を破壊するものは何もいらないのよ。ただ、一緒にいればいいの。愛し合えばいいの。落ち着いたひと時を、喜びを、お互いが存在する強さを持ち合わせていればいいの。そうすれば、世界にはびこる悪に打ち勝つことができるわ。苦しみや憎しみや貧しさが多くあるわね。祈りと犠牲をもって、家族から始めてごらんなさい。愛することは、家族からはじまりまるのよ。そして、大事なのは、私たちがどれだけやったかではなくて、私たちがやることにどれだけ愛を注いだか、ということ。神様はオールマイティーでしょ。私たちがどれだけたったかというのは、全然問題ではないの。だって、神様はものすごいんだから。だから、私たちがどれだけその行動に愛を注げるかなのよ。私たちが仕えているその人にどれだけできるかなのね。

心をこめて読んだ。マラウイで働いていた友人のことを思い出した。世界一周を試みた友人を思い出した。自分の家族、ひとりひとりのことを思い出した。

そして、これを読みながら、爆弾を、銃を、平和を壊すものをたくさん持っているアメリカ人たちを眺めた。

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1968年、キング牧師は息を絶えてしまった。夢を持ったまま。

2008年に、新たなる大統領が決まった。夢をかなえるべく。

アメリカには、ドリームを叶える底力があるじゃないか。アメリカンドリームに、「平和」をいれてほしい。

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南部のホビー

これ日本でやったら捕まるよ

「おい、絶対驚くけど、泣いたりするなよ。いいか、泣くなよ。」

と念押しに、念押しされ、

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脅え脅えトラックの荷台を見て、

ガン怯えしてしまった。

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絶叫ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(気持ち悪くなった方がいたら、ごめんなさい)

「今朝、仕留めてきたんだよ!」と、典型的なミシシッピアンのクリスは、ずーっと「I'm so excited!!!!!!」を繰り返していた。30分くらい奮闘して、この鹿の頭(“ケープ”というらしい)を直視できるようになった。苦笑。

青いクーラーボックスには、もちろん、お肉。隣の黒いケースには、もちろん、ライフル。

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お肉はまだ触ったら、ほんのり温かく、毛が所々についているほどの新鮮ぶり!ライフルもご丁寧にケースから出して、双眼鏡をのぞかせてくれた。みんなに見られちゃうよライフル出しているとこ!と無意味にひやひやするわたし。(別に全然違法じゃないのに・・・)

ハンティングは、南部では、人気の趣味のひとつ!特に、鹿は最も大きな獲物。クリス曰く、「鹿のステーキか、ソーセージが最高!」だそうだ。彼は、頭を剥製(“マウント”というらしい)にするのを楽しみにしていた・・・

これが、南部の生活なのかよ。

久しぶりに帰ってきて、「またなじんでいけるかな?泣」とか、不安になる必要は・・・・・・・

全くなかった。笑

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2009年!

折り返し地点

アメリカに来て、5か月が経った。残りあと4か月半。

いつの間にか、折り返し地点に来てしまっていた。

去年の今頃、私は、お正月もままならず、応募用のエッセイを書きなぐっていた。

「私が行かないで、日本からいったい誰がいくんじゃい!!」と、渾身の想いでエッセイを書き続けていた。笑

なぜかというと、その前に、留学の選抜に落ちていたから。

・・・完全に甘くみていた。それなのにひどくショックを受けている自分が、ものすごく嫌だった。本気でやらないと、その分返ってこない。本気でやっても返ってこないかもしれない。だけど、本気でやったら、本気でやったという事実は、心の中に残る。それならいい。やればよかった、と後悔はしなくて済む。

そうやって手に入れた切符だった。だが、その切符は、私の想像していたようなファンシーな場所へ連れていってくれるものではなかった。

行き先は、米国で最も貧しい州、ミシシッピ州。銃やら麻薬やら、ハリケーンやら、危険なにおいがぷんぷん。派遣大学は、公民権運動に大きな役割を果たしたという歴史的黒人大学。そして、仕事は、アシスタントではなく、ティーチャー。日本語の授業を教え、学生たちに単位を出さなくてはいけない。

「聞いてないよーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」と、どれだけ心の中で叫んだことか。

しかし、出発までの時は刻々と迫る。もはや、やけくそでそれに向かって自分を奮い立たせた。

奮い立たせ続けて、前期を終わらせた。こんなに一生懸命生きたことがあったか、というくらい、真剣に生きたと思う。全身、五感すべてを使って、どうにかその地域を理解し、コミュニケートし、溶け込もうとした。

その結果、なかなか面白いことが起きてきた。まだ途中だけど、自分の中に変化が起こっただけでなく、相手側にも多くの変化が起こってきているのである。全く予期していなかったことだ。

明日には、またミシシッピに戻る。今後、帰国までの間、何が起こるのか。残りの時間、色々と挑戦してみようと思う。こういうことは、二度と戻ってこない。今しかやれる時がない。

そして、それと同時に、絶対に忘れたくないのは、今まで自分を励ましてくれる、支えてくれる大事な人々。この人たちなくしては、ここまで進めなかった。これからも感謝をしつづけたいし、自分も彼らの力になりたい!と、思った。

2009年、はじまり、はじまり~♪

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ノース・キャロライナのソウルフード

これもBBQ!

チョコレートを売っているお店をのぞいたら、

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逆にごまちゃんたちにのぞかれていた。

見れば見るほど、何か話しているみたい♡

-

ノース・キャロライナは、「ノース」と名がついているにも関わらず、実はアメリカ南部に属している。

ここのソウルフードは、BBQ!(豚肉をほぐして、BBQソースで味付けしたもの)。

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日本で考えられているBBQとは程遠い… 串にさすBBQはいったいどこから来ているのだろうか。

このBBQに、トッピングされているのは、ハッシュパピー("子犬の尻尾"という意味)。小麦粉とコーンミール、そして玉ねぎを混ぜて、フライにしたもの。もちもちしていて、さつま揚げのアメリカ版みたい(ちょっと違うかw) トゥガルーのカフェテリアでは、ハッシュパピーといいながら、ただ団子状の生地を揚げているだけだったので、ここではじめて、尻尾型のハッシュパピーを食べることができた。

「BAD PENNY」は、ノース・キャロライナのビール。ギネスのように、ねっとりとした味わいだった。これが、BBQとハッシュパピーにマッチするのだろう・・・

南部のソウルフード、また新たな一面を発見♪

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クリスマスディナー

むらさきイモ meets クリスマス

さて、ノースキャロライナでのクリスマス、朝起きたらこんなになっていた。

ドーンッ!!

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まさにクリスマスの朝。これがクリスマスの朝。

そして、これを子どもたちが、ぐっしゃり~~~ん!!!

と開け放つ・・・

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

その瞬間から、私の心では、「もったいないもったいないもったいない・・・」というお経が延々と鳴り響くのだった。笑

クリスマスディナーは、

  • 「ハニー・ベイクド・ハム」という巨大なハム
  • 「グリーン・ビーンズ」と呼ばれる、いわゆるインゲンの煮物
  • 「マッシュド・ポテト」
  • 「シャンペン」

しかし、沖縄産むらさきイモを見つけた叔母が、むらさきイモでスイートポテト風煮物を作ってくれた。

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まさか、むらさきイモがあるなんて!

・・・ノース・キャロライナ、素敵だよ。

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ノースキャロライナのクリスマス

チムチムチェリー♪

ボストンから、吹雪の中アムトラックという電車で7時間以上かけてようやくたどりついた、

ノースキャロライナ州!!州都ダーラムに、1月初旬まで叔母の家に滞在させてもらうことになった。

今日はクリスマスイブということで、クリスマスショッピングに奮闘した一日だった。

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アメリカでは、クリスマスは、家族と過ごす大事な日。こんな時に、友達と出かけたり、彼氏彼女と出かけるなんてありえません!笑

感覚的にはこんな感じでしょう。

  • クリスマスカード          = 年賀状
  • クリスマスプレゼント        = お年玉
  • 靴下                 = お年玉袋
  • タ―キー、ハム、ローストビーフ =  おせち、お雑煮、お汁粉
  • シャンペン、ワイン                  =  熱燗、焼酎
  • 暖炉とソファ                          =  こたつ
  • クリスマス休暇          = 三が日

・・・こう考えるとどんだけクリスマスが特別なものか分かるでしょ?笑

クリスマスツリーのてっぺんには何がつくと思ったら、こっちでは、天使がついてたりする。

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こ、こわい。笑

お家によっては、イブに祝ったり、25日に祝ったりと、それぞれ異なるみたいだが、私の家では、25日に祝うらしい!明日25日がとても楽しみだ♪

しかも、なんとこの家には、暖炉があるのだ!昨日煙突掃除の人に来てもらって、煙突の上にあった鳥の巣をどかしてもらっていた。これこそリアル“チムチム二ー♪”だよ!

来ちゃうかもしれないね~あの赤い服の彼!

アメリカでむかえる初めてのクリスマス。今からワクワクだ。

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雪国ボストン

Be Bostonians♡

ワークショップが終わり、とうとう冬休み!日本には帰らないで、1月の初旬まで、少しアメリカを回ることにした。

ワシントンDCを出て、ボストンにいる友達の家にステイさせてもらった。

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「I ♡ Boston」のTシャツを買いたくなるほど気に入ってしまった。アメリカにどうしても住まなくてはならない。さて、どこに住みますか?と言われたら、私は間違いなくボストンを選ぶでしょう。

これぞ!思い描いていた、アメリカライフなのだ!

交通手段はぬかりないし(電車は東京みたいに頻繁にある!)、街はヨーロッパみたいだし(ヨーロッパ行ったことないけど!)、インターナショナルだし(間違っても、「おいそこの外人!」とか言われない!)違和感がない。

かの有名な「ハーバード大学」に行き、ハーバードくんの足にタッチv

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おいしいシーフード満喫♪オイスター、クラムチャウダー、ロブスターv

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北部は違うね。まったくまったく。どうしてこうも違うのか。そりゃ、南北戦争も起きるわ。

ボストンステイ中に学生たちが恋しくなって、ついつい行ってしまったよ、「アフリカンアメリカン・ミュージアム」。なぜかお客さんは誰もいなかったが、・・・きちんとビデオまで見てきたぞ!

南北戦争前に、多くの奴隷たちが南部のプランテーションから逃げ、ボストンに移り住んだことを紹介してくれるものだった。Underground Railraodを使い、北部の白人やクエーカー教の人たちに助けてもらいながら、多くの奴隷が移動してきた。ボストンには、「Negro Hill」と呼ばれる場所がダウンタウンのそばにあったようだ。このミュージアムは、彼らのミーティングのために使われていた建物らしく、そこでは、学校も開かれはじめたようだ。ちょうど、黒人の歴史の授業で習ったばかりの内容を、実際にボストンで知ることが出来た。

ボストンは、今年初の吹雪に見舞われ、私のフライトは、2日連続でキャンセルに。お家の中でホットチャイを飲んだり、友人とてんぷら作ったり、雪だるま作ってみたり、ミシシッピでは味わえない時間を満喫したのだった。

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サンディエゴで一息

まるでパラダイス

サンクスギビング休暇を使って、カルフォルニア州サンディエゴに行ってきた。

天国のような場所だった。

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みんなが西海岸に行きたがる理由がはっきりと分かった。こりゃ行きたくなるわ!!

1番のお気に入りは、コロナド島。5日間のうち、2日間はコロナド島で過ごした。なんて贅沢な過ごし方!11月も終わりだったこともあり、気候もちょうどよく、ずっと白砂に寝転がり、海を眺めていた。

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そして、食も満喫。サンディエゴは、メキシコ近くということもあり、地元人におススメのレストランを教えてもらったり、本能センサーで探りあて、メキシコ料理を堪能した。

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ドイツ人ハンナとの2人旅。今までした旅の中で、最高の旅だった。

彼女は何もなくても楽しみを作り出す天才だ。

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きっと、またサンディエゴには来れるような気がする。その時は、コロナド島にある「ホテル・デル・コロナド」に泊まることにしよう。

さて。十分に生き抜きをした。ミシシッピへ帰ろう。

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肌の色はここまで大きな違いを生むのか

Black Folks と White Folks

今とっている「アフリカン・アメリカンの歴史」の授業、刺激が強すぎて、毎回終わったあとに放心状態になるのだが・・・。今日は、完全にノックアウトされてしまった。

ウッズ先生が、こんなことを言っていた。

「オバマ当選の前日、ジャクソン(ミシシッピ州の州都)で、銃がすごい売れたっていうニュース見たかい?『何でそんなに銃を買うのか?』ってアナウンサーが聞いたら、White Folks(白人のことをこう呼ぶ。)はこう答えてたぞ。『オバマになったら、二ガーの奴隷たちが反乱を起こすかもしれないからさ。きっと犯罪が増える!』ってさ。」

「そういや、クークルックスクラン(KKKのこと)が、ミシシッピ南部で、集会始めたってさ。」

話していることが、私の理解を超えとる・・・

ドゥーラグ(黒人の子がかぶっている布)をかぶった女の子の学生はこんなこと言うし。

「うちの父さん、オバマTシャツ着て仕事場に行ったら、マケイン支持の白人のボスにそんなの着ているなら、仕事辞めろって言われたってさ。んで、辞めたよ。」

なんでこんなに差別が残ってるんだ。

副学長の奥さんサンドラに会った。ここに来てから行ったレクチャーや、どんなコミュ二ティーサービスをしたかの報告書をみてもらった。

すると、サンドラはこんなことを言った。

「いい調子でいってるじゃないの。このまま進みなさい。でも、どうやって、こういうのをやろうって思うようになったの?興味深いわ。」と聞かれた。「サンドラからヒントをもらったからですよ。」と答えた。そうなのだ。サンドラは、あぁ道がないぞ・・・ってピンチになった時に、ふいっと知恵を分けてくれる。

「 いい?あなたは、今ここにいるのよ。あそこにプランテーションのオーナーの家だった建物があるでしょ。その時からトゥガルーは、ずっとそのままなのよ。だけど、今あなたのような外国人がここに入ってきた。あなたは、ここのトゥガルーの歴史に入ってきたのよ。ものすごいことなのよ!分かってる?このプランテーションの歴史に、トゥガルーの教育の中に、日本人が入ってきているのよ。それがあなたなの。」

はあ。私、えらいとこに来てしまったのかもしれない。

来学期は、日本語の授業が増えるらしい。大丈夫かわたし!笑。

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オバマ大統領!

アメリカンドリーム

黒人初の大統領が選ばれた!!

バラク・オバマ氏が44代目のアメリカ大統領となった。

朝8時から、選挙を手伝いにいった。道路の脇に立ち、「VOTE TODAY!(今日は選挙の日!)」のプラカードを持って、目の前を通りすぎるドライバーたちに、選挙に行くように促した。ドライバーたちは、黒人・白人・黒人・白人・・・交互に通りすぎていく。

多くのドライバーが、車の窓を開け、「もう選挙行ったゼ!」と自慢する◎

「オバマー!!」と叫びながら通りすぎていくカップル。

車のホーンを鳴らしピースサインを出すビーボーイ。

「おい、きみは選挙行ったのか!?」と逆に聞いてくるおじいちゃん。

外国人の私には、残念ながら、選挙権がない!けれど、そのお手伝いをさせてもらって、少しでもコミュニティーに関わることができた。

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CNNをずっとつけっぱなしにしていた。大統領が決まったとたん、トゥガルーの学生から電話がかかってきた。ものすごい興奮だった。他の学生に電話しようと思ったら、電話回線が混雑しすぎて繋がらなかった。まるでお正月の日本みたいだった。オバマのスピーチを聞いた。アメリカの底力に鳥肌がたった。「不可能なことはない。月にも行ける。ベルリンの壁も壊れる。アフリカン・アメリカンが、大統領になることもできる。」彼のスピーチの後は、まるで映画のエンディングのようだった。ハッピーエンドだった。

・・・しかし、これはエンディングではなく、オープニングである。これからが、「CHANGE」の時なのだ。

明日、大学ではどんなことになるのか、想像もつかない!!!未来のアメリカを担う学生たち、ブラックカレッジの学生たちは、一体どんなことを思うのか!!!!明日が待ち遠しい。

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アメリカ大統領選 前日

今こそ、CHANGE

とうとう明日に迫った大統領選挙。ミシシッピ州は、保守的で共和党勢力が強い。町のあちこちでマケインのネームタグがみられる。

だが、トゥガルー大学は、オバマ一色!!!

ブックストアには、オバマバッチが売られ、学生も教授もオバマTシャツを着て、歩きまわっている。今日は、大統領選前日ということで、カフェテリアは飾り付けがなされ、「投票にいこう!」のビラが、ばらまかれていた!ビラはこんな感じ。

Remember to VOTE on Tuesday, November 4, 2008

(投票にいこう!2008年11月4日火曜日)

Polls Open 7:00 AM (投票開始 午前7時)

Polls Close 7:00 PM (投票終了 午後7時)

  • Bring your driver's license or a valid form of ID (運転免許証かIDをもってきましょう。)
  • You MUST NOT wear any Obama/McCain apparel. This is considered campaigning, and you may be stripped of your right to vote. (オバマ/マケインの服を着てきてはいけません。キャンペーン運動とみなされ、選挙権がなくなります。)

strippedの使い方がおもしろい~!

アメリカの学生は、政治への関心がとても高くて驚いた。それだけ、政治に期待しているものが多いのだろう。

大統領選が近いために、よく日本の政治についても聞かれる。日本には大統領はいるのか。「大統領」と「総理大臣」の違いは何なのか。主要な政党は何か。どうやって総理大臣を選ぶのか。若者は政治に興味を持っているのか。総理大臣がどうしてそんなのコロコロ変わるのか。

こっちにいると、今まで特に興味がなかったことが、いきなり興味深くなってくる。

「民主党」と「自由民主党」を英語で訳していて、おもしろいなーと思った。ほとんど代わり映えしないじゃんね!w

日本についてよく学んでいるのは、日本語の学生ではなくて、実は私なのだと知った。

明日は、授業をお休みして、選挙のお手伝いに行ってくる!歴史的瞬間に立ち会えるかと思うとわくわくである。

さぁ、どうなるのか、アメリカの将来!

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黒人教会に潜入!

黒人ソウル

ミシシッピでは、居住区が白人と黒人で完全に分かれている。

私の住む地域は、もちろん、完全に黒人居住区。近くの南部料理を出すレストランは、もちろん黒人しかいないし、スーパーも黒人ばっかりだし、教会だって黒人ばっかり。

ということで、おとといの日曜、ゴスペルに興味があった私は、学生に頼んで黒人教会に行ってみることにした。

ここで、私は、ミシシッピにきて、一番のカルチャーショックを受けることになる。。。

教会に入って、まず、祭壇の横に、「ドラム」と「キーボード」と「ギター」を見つける。笑

ドラムの「チャチャチャチャ・・・」というビートが聞こえだしたと思うと、牧師が歌い始めた。参列者は、次々と席を立つ。体を揺らす者、手拍子を叩く者、「ジーザスッ♪」とアイの手をいれる者。

みんな、好き勝手ーーーーーっっっ!!!

そして、キーボート、ギターが加わり、そこはまるでコンサート会場!どんどんと雰囲気は高まり、やがて、何人かの参列者が、叫び出す!踊り出す!泣き始める!!

そこからはもやは、カオス~~~

いつお話が始まるのかと思ったら、いつの間にか礼拝は終了していた。笑。あとで、学生に聞いたら、「え?あったじゃん、お話。牧師が、マイク持って話してたでしょ?」といわれる。

あれは、お話っていうか、・・・・・・歌ってたんでしょ!!!!

ふむ。

黒人教会に行って思ったこと。

あそこで経験したことは、彼らの魂からの叫びだった。彼らの純粋な音楽だった。彼らにしか表すことのできない踊りだった。

私は、真似しちゃいけないと思った。なんだかあまりにも尊くて、尊くて、私が真似しちゃいけない気がした。表面的すぎる。軽すぎる。だめだ、真似しちゃ。

じゃー私ができるものはなんだろうと思った。自分の持ってる表現ってなんだろ。

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ホームカミングデー

リアル!ブラックカルチャー

土曜日は、となりの大学「ジャクソン州立大学」のホームカミングデーだった。

ホームカミングデーというのは、1年に一回行われるもので、大学の同窓生や在校生が一介に集まり、壮大にお祝いするものだ。アメリカでは、アメリカンフットボールのゲームを開催するのがならわしになっている。

ママ・グローリアが朝8時に突然家のベルを鳴らし、「ホームカミングデーのパレードを見に行くから、10分で着替えしなさぁーーーい!」と大声でいうので、しぶしぶ見に行くことに・・・

それがね、楽しかった~笑

ジャクソン州立大学は、トゥガルー大学と同様、ブラックカレッジ。ということで、もちろん、見に来る人たちはみんな黒人!道路の脇に場所取りをして、パレードが来るのを待つ。

白バイ隊の登場。グローリアの息子、ジョーダン乗せてもらう♪

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ほんもののドラムライン!!

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映画『R↑ZE』ばりのピエロ!

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キャンディーを拾う子どもたち♪

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パレードでは、知り合いの人が車を運転していたので声援を送ったり、参道の人たちと一緒に踊ったりして、満喫した。

ブラスバンド、ソウルミュージック、HIPHOPが混じり合う。パレードのダンサーたちの動きが、かっこよくてかっこよくて、。

・・・というか、ダンスにジャンルなんてないってことを実感。パンキングとか、ヒップホップとか、ソウルダンスとか、そういうジャンルで分けられるものじゃないんだって分かった。

ただ、表現しているだけなんだ。言葉を使うように、体を使うだけ。それだけだった!!

なんて単純!!

 

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インターナショナルハウス

アメリカ生活3ヶ月目突入

わたしの住む家は、もともと副学長が住んでいた家ということで、かなり古いが、快適なスペースである。

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ドイツ人のハンナ、エジプト人のアフメド、わたしの3人でシェアしており、リビングと2つのバスルーム、そして、ゲストルームがある。ゲストルームには、時々来るブラウン大学の教授が泊まったりする。

そんなわたしたちのインターナショナルハウスは、まさに森の中にある。

朝は、小鳥のさえずりで目を覚ます。窓から太陽の光が差し込んでくる。

ブラインドをあげると、窓枠にリスがいる。野生の犬が3匹連れ添って、裏庭を横切っていたりしている。

家の中には、さまざまな虫がはいりこんでくる。親指ほどのいも虫や、おしりがピンクのハエちゃん、そして蜘蛛、クモ、くも。

大学へ向かうまでに、アスファルトの道は1つだけ。フェンスをくぐり、草の上をはむはむ踏み、じゃり道をざくざく進むのみ。

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大学からもどり、裏庭にごろんと横になる。夕日のもと、本を読む。ハンナやアフメドと話す。お茶を飲む。

家のリンビングには大きな鏡がある。まるで舞踊場みたい。いつでも踊れる。

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部屋は広くて、快適。ストレッチできる場所があるってうれしい。小踊りするときはここ。

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3人で力を合わせて、ネットをひき、無線ランがとぶようにして、中古の洗濯機を買った日々が、すでに懐かしい・・・がんばったなーほんと。

やっと、日々のルーティーンが確立し、部屋でほっと一息、つくことができるようになってきた。

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NYブロンクスまで24時間ドライブ

Yes! The Bronx

ハリケーン「グスタフ」は去った。

しかーし、今度は、また別のハリケーン、その名も「ハンナ」が来るそうだ。

ハンナ・・・かわいそうなドイツ人ハンナ、みんなに、「お前来るなよ!笑」、と言われまくっている。

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実は、先週金曜日からNYに行ってきた!

ニコの車で、なんと、24時間かけて、ジャクソン(ミシシッピ州)からブロンクス(ニューヨーク州)まで向うことに。

車の中で、ローカルボーイズに、カントリーとブルースばっかかけられる。

ハンナと私はHIPHOPかけろとブーブー言うが、無視される。ちっ。

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荷物をつめこみ、ごーごー!まずは、ワシントンDCを目指す。

アラバマ、テネシー、バージニア、ケンタッキーを通り、やっと20時間後、DCに到着。さすがに辛かった・・・若いときしかできんねっ!

アメリカの国会議事堂!(わたし、ハンナ、クリス、ジョッシュ、ニコ)。わたし一番年下・・・一番小さい・・・ベイビー扱いされるわけだ。

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その後、4時間かけ、NYブロンクスに到着する!!

ニコの家にみんなで泊まる。家ってか、・・・つまりは、お城だった。ブロンクスにこんな場所があるなんて!!何者だニコ。

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ニコがNYに戻ってきたということで、ヤンキー(北部人)たちも集まって、フェアウェルパーティーが開かれた。(写真は、オールヤンキー)

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あまりの英語の聞きやすさに驚いてしまった。彼らの英語は、今まで接してきたことのある英語だった。話題もとてもインターナショナル。決して、わたしを「おい、外国人!」とは呼ばない。

でも、

私は、南部人の方が好きかもしれないな~。

たとえ、「おい、ジャップ!こっちこい!」とか呼ばれようが。

ローカルボーイズたちには、サザンホスピタリティーが宿っているのだ。とにかく、あったかい。あったかい。あったかい。

こっちにきて、1か月。まだ1か月だけど、そのあたたかさにどれだけ救われたことか。

日本・アメリカの違いだけじゃなくて、北部・南部の違いを、じかに肌で感じてみて、アメリカにいると一口にいっても、州によってだいぶ異なっているいるんだということを実感した。

ミシシッピ州が一体どんなところなのか、いったん州を出てみて、なんだか新しい視点を持つことができた気がした。

さて、またミシシッピ、ジャクソンでの生活が始まるぞー

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ニューオーリンズに行く

魅惑の街

週末、車で3時間かけて、ニューオーリンズに2泊3日の旅をしてきた。ニューオーリンズは、南部でも大きな街の1つ。南部の雰囲気に加え、ヨーロッパやカリブの匂いが、混ざり合い、不思議な匂いを醸し出していた。

有名なバーボンストリート。

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ブルースの家。

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タップダンサー。

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グラフィティー。

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葉巻カフェ。

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「ガンボ」

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ミシシッピー川

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これから週末ごとに行きたいくらい良いとこだった!!


でも日本人に、というかアジア人らしき人に全く出会わなかった。
なぜなのか----

日本の観光ガイドには、ミシシッピについてほとんど載ってないしさっ
ぷんぷん


これから、私が南部を開拓していかなくては。笑

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