カテゴリー「トゥガルー大学」の16件の投稿

トゥガルー学生の来日

Welcome to Japan!

本当に来たーーー!まさか、実現すると思わなかった!

成田空港の到着ロビーで待っている間も、なぜか分からないけど、すごく緊張して、息が詰まりそうになってしまった。

待ち続けて30分が経ち、もう現れないんじゃないか・・・

と思っていたちょうどその時!ロープの向こうに見慣れた体格の黒人がにょきにょきと出現した。わたしの学生たちだ。間違いない!

「よく来たねー!!!」と思わず駆け寄る。

「Hey, Yuki!」

笑顔と共にあの聞き慣れた英語が返ってくる。そうそう、これだよ、これだよ、これに苦労したんだよ・・・と思いながらも、同時に、胸の奥から嬉しさがこみ上げてくる。

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まだトゥガルーを離れてから3ヵ月しか経っていなかった事実に驚く。

感動の再会を果たした・・・

さて、じゃーどうする?

「どこ行けばいいか分からん。」

「現金何も持ってないんだけど。あはは。」

っておーい!

ただ来ただけかーい!笑

来ただけでもものすごくえらい。その勇気と行動力は、なかなか持てるものじゃない。

だけど、来たからには、サバイバルしてかにゃならんのよー!

これから、どんな出来事が待ち受けているのか。

日本語の授業がっちり受けて、どっぷり日本に浸かって、もう体全身で何でもかんでも体験していってほしい。

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日本円をゲットして、ちょっと一安心の彼ら。笑

クレジットカード文化ではないので、ご注意あれー

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学生からのメール

カモン、トーキョー!

東京には、こんなに外国人が多かったかな?と首をかしげることが多い。たった1年でそんなに変わるわけがないから、自分の視点が変わったのだろうと思う。山の手線に乗ると、1ショットで、必ずどこかしらに外国人の姿が入る。英語だけでなく、韓国語、中国語、タガログ語、フランス語、ドイツ語、ロシア語・・・・・・と広範囲に渡っている。NYまではいかないかもしれないが、だんだんと東京も国際的になってきたな~と感じるのである。

しかーし!中でも、黒人さんを見つけると、(しかも、それがトゥガルーの誰かに似てたりすると特に!)目頭がじわ~っと熱くなってしまうことがある。。あのあったかい雰囲気に舞い戻ってしまいたくなるのだ。

そんな時に、学生の一人からメールが来た。

「先生の授業が恋しいです。でも、夏休みに、東京に行けることになりそうです!」

どっひゃー!なんてうれしいのだろう!!

”日本っていう国が、地球上にはあるんですよ~”ってことだけ伝えられれば十分かなと思っていたのに、まさか来てくれるなんてー!!!

天地がひっくり返ってしまうくらいうれしい報せだった。

トゥガルーを知っているので、今後どんなどんでん返しが来るか分からないけど(笑)、その可能性だけでも、まだまだ目頭の熱い私にとっては、うれしいことだったのだ。

違う大陸に、わたしを知っている人がいる。わたしのことを覚えていてくれる人がいるって、なんてワクワクすることだろう。

もし、本当に来れることになったら、今度はTOKYOホスピタリティーでお迎えしようじゃないか!はっはっは

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卒業式にあたって

何もないところから、何かを生み出す

トゥガルー大学は、卒業式となった。卒業式は、Graduationではなく、Commencementというらしい。一体どんな卒業式なのか。10時になって、チャペルに行くと、何か聞こえてくる・・・。

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アフリカンドラムだー!舞台の脇に、ドラマー用のブースが用意されていた。卒業式で、まさかこの演奏を聞くことになるとは思わなかった。さすがだ。笑

自分の息子、娘の晴れの姿を見ようと多くの人が詰めかけていた。

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が、卒業生を待つ家族や親せきの皆さんは・・・もちろん、踊っていた。笑

音があったら踊り出してしまうらしい。これは誰にも止められないのねー。

途中、あまりの暑さに卒倒しそうになったが、記念すべき卒業式に参加することが出来てよかった。

仲良しだったスティーブも卒業し(おめでとー!)、私の大好きなジョーダン(7歳)ともお別れ。

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オフィスと教室のあるHolmes Hall 、キャンパスとも、最後の別れとなった。

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本当に、限界をはるかに超えた毎日だった。こんなに一日を、一時間を、一瞬を、本気で生きたことはなかった。生きるのに精いっぱいだった。

「何もないところから、何かを生み出すこと」

これを私は、このトゥガルー生活を通して学んだのかもしれない。

誰も知っている人がいない。自分たったひとりで全く見知らぬに降り立ち、そこから人間関係を育んでいくことは、まるで赤ちゃんからスタートするようなものだった。

どうやって人間は言葉を習得するのか。外国語を習得するのか。文化を習得するのか。

子どもだったら深く考えずにできるのだろうが、大人になってしまった私にとっては、それまでもっていた観念、価値観、プライドを捨てることが、とてもキツかった。あとから考えてみれば、それは大したことのないものだったが、当時はそれが自分のアイデンティティーであり、自分を形成しているものだったからだ。

言語から文化にいたるまで、自分の今まで培ってきたものが、全く通用しなくなるという経験は、なかなか出来るものではない。

何もない状態から、どうするか。

私が見つけた方法は、その中から楽しみを見つけることだった。

実は多くのものが隠されている。言葉ではうまく表現できないのだが、楽しみなんてそこら中に転がっていることに気づけたことは、私にとって大きな発見だった。

一人でも楽しいが、誰かがいるともっと楽しくなる。

不便だからこそ、物が充実していないからこそ、時間がたくさんあるからこそ、誰かと一緒にひとつひとつを楽しむことを学んだ。

私がミシシッピに来たことは自分の意志ではなかった。もし、自分が選べる立場だったら、絶対に100%完全に、来ていない場所だっただろう。

ここで一生忘れることのできないときを過ごせたのは、私ひとりの力では決してない。

トゥガルー大学に招いてくれた指導教官メアリーをはじめ、背中を教えてくれた人たち、ミシシッピでの生活を支えてくれた多くの人たちがいたからだった。そのすべてに感謝である。本当にありがとうございました。

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かわいい病

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1年間もっていたクラスも、今日で授業が残り4回になった。

授業のはじめに、「はい、立ってくださーい。こんにちはー。げんきですかー?」とルーティーンをやるのが習慣になっていた。つい忘れてやらない時があると、「先生、今日はあれ、まだやってないですよー。なんか、やらないと落ち着かないんだよなー。」というようになってしまった彼ら、笑。

授業の終りも、「はい、終わりにします。立ってくださーい。いいですかー?ありがとうございました。さようならー!」と全員でやるまで、絶対に待っている。勝手に教室から出て行ったりしない。遅刻しようものなら、「○○くんを待ちましたー。」とみんなに責められる。「ごめんなさい。」といって、クラスにすごすごと入る。

そんな学生たちの顔が、今日は、すごく愛おしくなって、

「本当に寂しくなるなぁ。絶対、きみたちのこと恋しくなるわ。。。」

とため息交じりに言ってしまった。すると、

「それなら、まだいればいいじゃない!」

と元気よく言われた、笑。それはそうなんだけどね・・・と思いながらも、いろいろ考えた末の結果で、トゥガルーとの契約も1年なんだと話す。

「でも、スーパーバイザーは、先生にいてほしいって言っているじゃない!大丈夫だよ!」

「じゃあ、先生がトゥガルーにいられるように、署名活動すればいいじゃない!」

「キャンパス中にできるかな・・・!」

と相談し始めた・・・

もう!

かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!泣

それでも、冷静を装いつつ、政府からVISAが下りないことにはいられないと話す。すると今度は、

「じゃあ、アメリカ政府に手紙かけばいいんじゃない?先生をいさせて下さい、ってさ。」

・・・もう、かわいさ炸裂だった。泣

それでも、冷静に冷静に、

「本当によく1年間、途中で諦めもしないで頑張ったね。君たちがはじめて日本語を取った学生なんだよ。パイオニアだね!」と言ったら、

「Because we all like you, Sensei!」

って返された。ちーん。笑。よくそういうこと言えるよなー。笑。

本当に、ここでの生活はしんどかったけど、最初からこの子らには、ず―――っと癒されてきたなと思った。彼らがいたから、なんとか最後までなんとかやり遂げられそうなのだ。

今日もミシシッピの空、綺麗やー!期末テスト作り、がんばろっと。

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ファンキーブルースマン参上!

Bobby Rushの世界

「次のブルースの授業には、ボビーが来るから、他の先生たちにも伝えておいてね。」

ドクターウッズから、留守電が入っていた。

次の日、授業に行ってみると、いましたーボビー・ラッシュ(Bobby Rush)!

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右の黒いトレーナーを着ているのが、ボビー。

左の黄色のシャツを着ているのが、ドクターウッズ。

少し前に、YouTubeで彼のライブ映像を見ていたので、「あぁ本物だ~!」と思ったけれど、結構普通のおじちゃんだった。彼は、ミシシッピ州ジャクソンに住むファンキーブルースマン。彼のYouTubeを見れば分かるけど、なかなかやることが激しい~笑。もう70歳超えてるのに・・・

授業が始まって早々、ボビーはこう言った。

「今回は、別に講義をしにきたんじゃないだ。ただ、これが言いたくてきたんだ。

Dr. Woods, I really appreciate that you have this Blues class.

ドクターウッズ、あなたのこの本当に素晴らしい授業に招いてくださってありがとう。この全米の大学の中で、ブルースの授業をしている大学の教授なんて、まずいない。本当に一握りなんだ。

You keep the Blues alive.

あなたが、ブルースを生かしてくれている。

人々の中には、ブルースは、もう古い。かっこわるい。とネガティブな発言をする者もいる。しかし、ブルースは、現在、君たちが聞いている音楽の源なんだ。HIPHOPも、R&Bも、ロックもジャズもブルースから来た。

If you don't like the Blues, it means you don't like your mom.

もしブルースが嫌いだというのだったら、それは、自分の母親のことを嫌いだというのと同じなんだ。」

ボビーは、エンターテイナーだった。「俺は、俗にいう、まぁ、アルコール中毒だったんだ。刑務所にも行った。」と当時の話をしたり、「太った女が好きなんだ!」と言って大きなパンツを見せてみんなを笑わせたり、学生とハイファイブしたりと、クラス中を巻き込んでいた。

途中で、なにかを手にし、口に近づけたと思ったら、手の中から音楽が聞こえてきた。小さな小さな古ぼけたハーモニカに、足で拍をとり、即興のブルースを歌ってくれた。そして、イスに腰かけギターを手にすると、「あの時、マディー(Muddy Waters)がな、・・・ウルフ(Howlin' Wolf)はその時、・・・それで、BB(B.B. King)のやつ、こう言ったんだよ・・・」と、言いながら、ブルースを歌ってくれた。コール&リスポンス。

私は、何だかとても安心した。なんだちゃ~んと探れてるじゃないかって!HIPHOPのルーツを、アフリカンアメリカンの音楽とダンスのルーツを。気づいたら、そこに自分がいた。本にも、インターネットにも載っていない、肌と肌でしか知れないことをたくさん伝えてもらっていた。

トゥガルーで日本語を教えていることを言ったら、ボビーが、「今年日本にライブしに行くよ!」と言っていた。中国でのライブはかなり多いけれど、それでも日本には今まで26回ほど行っているらしい。これで、帰国した後、ライブ行けたらスゴイよな~!笑

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インターナショナル・フェスティバル終了!

世界を繋ぐ

インターナショナル・フェスティバルを大成功に終えることができた-!!

多くの人の助けを借りて、みんなで作りあげたフェスティバルだった。トゥガルーの日本語の学生たち、先生、スタッフの方々だけでなく、サポートしてくれた日本人の友人、日本語の先生、領事館の方・・・本当に、多くの人に感謝だ。

どうもどうも、ありがとうございました。

何事も、ひとりではできないね。ちょっと出来るようになると、まるで一人でやったかのようにすぐ勘違いしてしまうけれど、実際は、ものすごいたくさんの人たちに支えられているのだ。

今回のこのフェスティバルが、少しでも多くの人の笑顔時間を増やし、心をわくわくさせる空間を提供できていたならばうれしいなー!

最後日は、世界のパフォーマンスと世界たべもの祭り。

日本語の学生とまた一緒にソーラン節を踊った。月曜日に参加できなかった子も一緒に踊れて、よかったよかった◎

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朝早くから、日本の料理をみんなで作った!

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「オレ、Sushi シェフや~!」ってめっちゃ得意気ね。笑

しょう油漬けにしたチキンを揚げるその手つきは、慣れたもの。揚げながら、ソーラン節踊ってたし。笑

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会場にいって、準備開始。女の子たちは、浴衣に着替える。授業で着付けの練習をしたので、みんなひとりで着られるようになっていた。えらいぞ~

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わたしそんなに小さくないはずなんだけど・・・こう見ると、まだまだ身長要りそうね。

上手に浴衣が着れてる、着れてる☆

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NYでゲットしたちび傘もなかなかいい味わいを出していた。

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Sushiを試す学生たち。この後、彼は、割りばし袋をよ~くみながら、どうやって箸を持つのかを研究していたw

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韓国ブースやメキシコブースも大盛況で、すごく美味しそうだった。

昔むかしにやった外語祭の料理店を彷彿とさせた。あれから随分時が経ったのね~。

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大学生や高校生、教員やスタッフ、そして、お客さんなど合わせて300人くらいが集まり、会場は満員だった。

食べものって、本当に、人を幸せにさせるね。

世界を繋ぐのって、意外と単純なものなのかもしれない。

音楽だったり、ダンスだったり、美味しいものだったり、笑顔だったり、ハグだったり。

色々な人に、どうもありがとうございました。

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アフリカンアメリカンは、ホワイトだ

白黒つける

「きみは、アフリカン・アメリカンじゃない。アメリカ人だろ。アフリカンという言葉をどうして使うのか。」

トゥガルーの学生が、去年の夏、南アフリカに行った時に、こう地元の人に言われたらしい。

「私の祖先は、アフリカから連れてこられた!だから、私はアフリカン・アメリカンなのだ!」

そう応えても、彼らは、

「きみはどこで生まれたのか。アフリカか?きみの両親はどこで生まれたのか?アフリカか?祖母は・・・? ・・・違うだろう。きみたちは、ホワイトなんだよ。西洋化されている。ジーンズを履き、コーラを飲んでいる。」

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Minami 

アメリカでは、人種差別を受ける。アフリカでは、アメリカ人だ。ホワイトだ。と言われる。

じゃあ、彼らのアイデンティティーはどこにあるのか。

彼女が、大学の公開しているフォーラムでこの話をしている時、私が、胸が痛くなりながらも、彼らが辿るべき道は、「アメリカ人」として生きていくことではないかと思った。「アフリカン・アメリカン」ではなく、純粋に「アメリカ人」というアイデンティティーをもつこと。でも、これは理論上の理想論なのかもしれない。もし、自分が彼らだったら、そんな風に考えていけるのか。

公民権運動家であったW. E. B. Du Bois(W・E・B・デュボイス)は、『黒人のたましい』(1903年)の中で、こんな風に書いていたらしい。

「アメリカ人であり、黒人であるという自己の二元性(二つの魂、二つの思想、和解不可能な葛藤、黒い肉体のなかで闘っている二つの理想)は、実に異様な感覚である。」

その感覚、私には、分からないなぁ・・・・しょんぼり

今、面白い本を読んでいる。アマゾンで見つけてしまった。こういうことをトピックにしている人がいるなんて!!

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この中で、なんと、「トゥガルー大学」も出てくる。実は、トゥガルーで日本語を教えていた先生がいることが判明した。今から18年前に2年間ほど教えていたらしい。アフリカンアメリカンの男性と結婚し、その後UCLAで修士号を取得されたようだ。

指導教官から、何度かその話を聞いたことがあった。

「彼女は、まさにユキみたいだったのよ。本当によく似ているわ。学生と一緒によく踊ったりしててね。ふふふ・・・ だから日本人が好きなのよ~」

ふむ。どんな人だったんだろうなぁ~

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ソーラン節のステージ

どっこいしょ!

ソーラン節、オープニングセレモニーで踊ってきた!

大成功大成功^^

あんなに楽しく練習して、成功しないわけがないのだ。笑

好きな人たちと、ステージで踊れるって、やっぱ素敵なことだな。

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母に言われた言葉。

「自分の道を探したって、見つかりっこない。何でもいいから選ぶ。今あるものを本気で、一生懸命やる。間違ってるとか、合ってるとかじゃない。そのうちに、自分の道が出来上がっているから。」

実は、私は、日本語教師なんてやるつもりは、毛頭なかった。

全く!

1ミリも!

ふと考えたことさえなかった。

日本語教師をやることは、遠周りなんじゃないかと思った。なんで日本語教師をやるんだろうと、アメリカに来る前に、何度も何度も自分に問いかけた。何も知らなくて、ほんとに無知で、そんな人が先生をやっていいのかと申し訳なくなった。

でも、来なきゃいけない気がした。ここにくる扉が、どんどん開いていった。自分じゃ止められなかった。

ぽんっと放り込まれて、息ができないほど、もがいた。がんばってるとか、努力しているとかじゃなくて、ただ必死で生きていた。私は、適応力があると言われたけれど、全くもってそんなことはないのだ。

ただ、赤ちゃんに戻っただけだった。ここに来てから、20何年分の、いつの間にか被ってしまっていたマスクたちを全部投げ捨てた。もう一度、自分の人生を追体験した。

そして、

ふと振り返ってみると、道が出来ていた。私を知っている人がいるじゃないか。笑いかけてくれる人がいるじゃないか。

そして、気づいたら、ここでもダンスをしていた。大好きな人たちと。

きっと、私はダンスが好きなんだな~笑

フェスティバルは、今週いっぱい続くぞー

どっこいしょ!

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時が生み出す人間関係

トゥガルーツアーで思い出したこと

妹とアラバマファミリーと一緒にトゥガルーツアーをした。彼らの感想を聞くうちに、最初に来た時の気持ちを思い出した。

キング牧師が隠れたチャペル(地下に脱走通路があるっていう噂)023

私は、最初の1か月、ひとりで大学内を歩くことができなかった。「誰にも会わずに、ランゲージラボまで行けますように。」と祈ったりしていた。そんなこと絶対無理なのに。

最初の4か月くらいまでは、いつも恐々、歩いていた。誰かとすれ違うたびに、やけに緊張してしまい、「Ho ya doing?」と言われても、「あはは・・・」とにやにや意味の分からない笑みを浮かべて、やり過ごしたものだった。

プランテーションのオーナーが住んでいたマンション(歴史的建造物として州から認定)024

授業が終わると、家路につきながら、「あぁ・・・今日も生き抜いた。あぁ・・・もうここまでくれば大丈夫。」とくたくたになりながら独り言をいっていた。

こんなことを聞くと、どんなに怖いところなのかと思うかもしれないが、そうではなくて、自分が異常な怖がりなのだ。新しことは、すべて怖い。怖くてしょうがないのだ。

現在、再建中のマンション(白人も黒人も一緒に働いている)P1010621

それが、半年を過ぎたころ、ふと、何も考えずにランゲージラボにたどり着いている自分に気づいた。「え、今わたし緊張してなかった!!」と驚き、同時に嬉しくなった。

だんだんと、知り合いの教授や学生も増えていった。

この大学は、知らない人でもすれ違ったり、目があったりしたら挨拶を交わすのだが、挨拶が徐々に、

「Hey.」 から

「Hey, Yuki!」 になり、

「Yuki-! Ohayo-!!」「Yuki-! Konichiwa!」 になった。

日本語のクラスじゃない学生にも、ニコっと日本語で挨拶されることが多くなった。来たばっかりの時は絶対に考えられなかったことだ。私のいる意味はあるのかとずっと問い続けてきた。それが、今になって、何かが変わってきていたことを、彼らの反応から知ることができるようになった。

70年代建築のまるで橋のような寮(窓は開かない・・・)P1010624

歩みが、あまりにも少しずつ少しずつで、気づかなかった。

人間関係には、時間がかかるんだ。ただそこにいること。ただそばにいること。じっくりじっくり熟成される関係。

COLEMAN LIBRARY(コールマン図書館)にはアフリカンアートがいっぱい!P1010625

そういうのも、いいな~と思った!

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What is American Pop Culture?

Fulbright FLTA New Letter

Issue 17 | FEBRUARY 2009

Learning about Hip-Hop Culture

The most impressive culture in America, in my opinion, is hip-hop culture.  I will never forget my fateful encounter with hip-hop, as it will be one I treasure after I return home.  When I was in Japan, I spent most of my leisure time watching hip-hop movies or listening to hip-hop music.  I repeatedly watched hip-hop dance videos, practiced dancing on the streets and learned to edit hip-hop sounds.  However, I did not understand real American hip-hop culture until I set foot in my U.S. host institution.

Yukiko Kaneda, 2008-2009, Japan
FLTA

Japanese Class at Tougaloo College, Mississippi 2008-2009, with some of her students

My host institution is Tougaloo College in Jackson, Mississippi.  It is a private historically black college.  The majority of students are African-Americans.  While I teach them Elementary Japanese, the students have given me "lectures" on “Elementary Hip-Hop."  My first "lecture" was held in a cafeteria.  As soon I entered, I could not believe my ears.  The dining hall was full of hip-hop music, like a dance club.  Furthermore, I saw many students who were shaking their bodies, stepping and singing aloud.  There was a DJ booth outside the cafeteria, and students were dancing with textbooks in their hands.  I was so surprised by this scene that I could not eat lunch!

Literally, hip-hop is everywhere on campus.  It is not just a genre of music, but a part of students' lives.  They have their own hip-hop music in cars, on cell phone ring tones, iPods or even in their bodies.  Once a student starts singing, another student improvises rapping or verbally making beats.  Moreover, they showed us various kinds of dances.  Step dancing is an African-American dance form originally from Africa.  Dancers clap their hands and slap their bodies to make sounds.  Step dancing has been a great influence on hip-hop dancing.  In other words, one could say step and hip-hop dancing are fruits of African-American history.

History is the central theme of my studies.  During the spring semester, I am taking a history course called the History of the Blues.  It is a unique course in that it combines studying African-American history and blues music.  There are two reasons to take this course:  first, Mississippi is one of the birth places of blues music.  The Mississippi Delta has produced more than its share of great blues musicians over the years.  In my mind, it is essential to understand the culture and history of African-Americans in order to understand their community.  Second, the blues music is the origin of hip-hop music.  Besides hip-hop, it is virtually the foundation of every popular music: jazz, rhythm and blues and rock 'n' roll.  It is important to learn about the rise of blues music in order to better appreciate contemporary music.

In the 21st century, hip-hop culture has become one of the biggest pop cultures in America.  It exists not only on movie screens or in music videos, but also in people’s minds and lives.  I am very happy to share my experiences with other FLTAs, and to contribute to promoting mutual understanding in the U.S.

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今回のFLTAのニュースレターのテーマが、「アメリカンポップカルチャー」ということだったので、私が書かなくて誰が書くのだ!と思いこみ、投稿してみたら載せてくれた。笑

いえーい。

よし。これで、FLTAに、ヒップホップとステップダンスを少しでも広められたぞ。笑

ひとつ不服だったのが、「ミシシッピデルタはブルースが生まれた場所だ。」と書いたのに、「ミシシッピデルタはブルースが生まれた場所のひとつだ。」に修正されていたこと。まぁ、確かなことは言えないけどさ!・・・ちょっと、ぷんぷん。笑

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サンクスギビング・ランチ

Have a Happy Thanksgiving!

昨日は、トゥガルーのカフェテリアはスペシャルメニューだった!

「サンクスギビング・ランチ」

タ―キー丸ごと!

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かぼちゃパイ(オレンジ)、レモンパイ(白)、そして、ミシシッピの特産ピーカンパイ(茶色)

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タ―キーには、グレービーソースとクランベリーソース♪

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「アメリカ人は、よくタ―キー食べるの?」と聞いたら、「サンクスギビングとクリスマスくらい・・・」と言っていた。日本では、七面鳥なんてほとんど食べない。ドイツもエジプトも食べないらしい。何気にクランベリーソースがうまく合っていた。

サンクスギビングは、日本でいうと、お正月みたいなもの。すべてがオフになって、家族みんなが一同に集まって、ゆっくりと時間を過ごす。

合言葉はこれ。

Have a Happy Thanksgiving! Be Safe! (よいサンクスギビングを!気をつけてね!)

まるで、「よいお年を~!」みたいだわ。ふふふ

次の授業は、なんと12月1日!!秋学期の授業も残すところ3回だ。もうひとふんばり!

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ブラックアートの展示会

That's what's up! (黒人英語で、It's coolの意)

いつも優しくしてくれる大好きな美術のメイベリー先生!先日、彼女の作品の展覧会に行ってきた。他にもたくさんのアーティストが参加していたのだが、コンセプトは、アフリカンアメリカンのアーティスト。

ということで、作品は、すごいアフリカンアメリカンだった。かっこいい作品がたくさん!!

これはメイベリー先生の絵画。

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ビビットな色遣い。抽象画。南部特有の樹木「スパニッシュ・モス・ツリー」のモスを使ったユニークな作品。「これ、大学にたくさん生えてるモスなのよ。だから、製作費はゼロなの、うふふ♪」って言ってるメイベリー先生がかわいかった。もう孫が6人もいるおばあちゃんなんだけど、その独創性と想像力が素敵だわw 私が好きなのは、一番右の真ん中にある青と黒の絵画。ずっと見てても飽きなくて、見てると気持ちがすっきりしてくるのだ~

そして、他アーティストのとんでもなくクールな作品の数々、

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焼きごてを使って、木を焦がし、色合いを出してるところが渋い。この円形の作品、ドレッドヘアは、単に焼いてあるのではなくて、(写真では見えにくいけど)実は、細かい文字がびっちり書かれている。ラップのライムなのだ。

かっこよし。

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学生がダンスを教えてくれた!

ニューウェーブ!? クランクダンス

ランゲージラボで仕事をしていたら、仲良くなった学生が唐突にダンスを教えてくれた。笑

「トゥガルー大学では、ほとんどの学生が踊れるダンスだよ。」って言われたので、これはマスターするしかない!と思い、さっそくパンプス脱いで、裸足でトライ。笑

Youtubeを聞きながら、レッスンを受ける。笑

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このダンス、Souja boyというアメリカで有名なラッパーが踊っているダンスで、いろいろな種類のステップがある。

Crank Dat Yank, Crank Dat Batman, Crank Dat Spiderman... etc

トゥガルー大学的にはこれが新しい波!らしく、トゥガルークランクとかいうのもあるらしい。笑

そんなに難しいステップではなかったので、結構すぐにマスターできた。

教えてくれた彼に、「センスは悪くないね。」って言ってもらえた。ありがとさん。笑。

トゥガルーの学生は、本当にダンスがうまい!すごく自然に音を取り、体になじませる。もう、なんか目からウロコ並み。

「ダンスどこで身に付けてるの?」って聞いたら、

「どこでも習わないよ^^ パーティー(クラブ)にいって、そこで見てまなぶんだ。時々、クラブで近くのやつに教えてもらったりするけどね。」と言われた。

「日本だと、スタジオでダンスを習うことが多くて、ストリートダンサーっていうか、スタジオダンサーになっちゃてるよ。」と言ったら、

「それはダンスじゃないね~。Yuki、今度クラブ連れてってあげるよ。」って言ってくれた。よしっ、ジャクソンにクラブあるみたいだぞ!

もう、ほんとーに自分にぴったりのところに来てしまったなーと思わずにはいられなかった!なんなんだろう、この大学!笑。完全に、こっちの世界に浸ってきている気が・・・。まだこっちきて2か月も経ってないのに・・・。

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トゥガルー大学って?

深く、渋く、スローな大学

トゥガルー大学が一体どんな大学なのか、この1か月半の聞き取りと観察から分かったことは・・・

この大学は、アメリカン・アフリカンの歴史にとって、重要な役割を担っているということ!学生は、ミシシッピ州からだけでなく、アメリカ全土から集まってきていて、みな自分がアフリカン・アメリカンであることを誇りに思っている。

トゥガルー大学は、南北戦争後、黒人の教育を充実させるために、今から140年前の1869年に建てられた。大学の真ん中には、プランテーションのオーナーが住んでいた建物が残されている。

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今年の春に起こった竜巻で、一部が破壊されてしまったため、今は修復中だ。

両脇にあるおどろおどろしい樹木は、「スパニッシュ・モス・ツリー」。藻が生えているかのような風貌から、その名前が付けられている。これは、アメリカ南部にのみ見られる木だそうだ。

大学が建てられてから、100年間、トゥガルーは公民権運動に積極的に関わってきたようだ。

これは大学内の教会だ。卒業式などの式典にも使われる。

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公民権運動中、この教会にキング牧師が逃げ込んだことがあるという。彼はたびたびミシシッピを訪れ、トゥガルー大学にも来ていたようだ。教会には、地下通路があり、彼はそこ通っていたという。

このスペースシャトルみたいなのは、寮!

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学生のほとんどは、寮に住んでいる。何だか、いつも騒がしい・・・最初は、わたしたちもここに住むことになりそうだったのだが、今はオフキャンパス。セーフッ!この下を通ると、よく学生が上から話しかけてくる、笑。

ちなみに、歩いているおじちゃんは、ここの先生。味がある。

ここは常に、スロー。

すべてのものには時間がかかるのだ。

到着してから1か月のわれわれの合言葉は、

「Be patient!」(とにかく待とう!)

待つ!待つ!待つ!

日本では、山の手線が2分遅れただけでイライライライラ・・・!電車の乗り換えにミスってイライライライラ・・・・!

そんな私にとって、このスローーーーーーな生活は、かなりのショックだった。

けれど、焦っても、何もできない。

ゆっくりゆっくり。 ゆっくりなのだ。

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オフィスを手に入れた!

Espanolオフィス♪

先日、自分のオフィス(研究室)をもらえることになった!1年しかいないから、オフィスなんてもらえるのかなーと思ってたら、スペイン語の先生とシェアできることに。

それが、なんともかわいいオフィス☆

奥の部屋がスペイン語の先生のオフィス、手前が私のオフィス。まだコンピューターがないので、自分のラップトップで我慢・・・(ネットにはつながらないw)

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ここで、日本語の授業の準備をしたり、ちょっと一休みしたり、スペイン語の先生と話したり。ちなみに、彼女は、70歳!昨年、博士号を取得!そして、現在も、授業を3つも持っている。すごい・・・ この前、誕生日ケーキを買ってみんなでお祝いしたら、涙を流して喜んでくれた^^

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ほとんどの教授たちは、オンキャンパス(大学内)の家に住んでいるのだが、私たちが住んでいる家は、オフキャンパス(大学の外にある)。仕事が終わると、テクテクと歩いて帰らなくてはならない。これは、その帰り道・・・まるで、森の中。。こんな自然の中で生活するなんて、生まれてはじめてのことだ。

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シェアしている家は、3年間ほど使われていなかった家で(もともと副校長の家だったとか)最初に入った時は、虫たちの住まいだった!ゴキブリやゲジゲジがいたり、蜘蛛の巣が張っていたり・・・。

だけど、今はだいぶ虫にも慣れた!

もちろん、足には蚊に刺さた跡が無数にあるし、ベッドに蜘蛛が入りこんでくることもあるけど、どうにか乗り切っている。そのうち、蜘蛛を素手で捕まえられるようになるだろう。笑

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秋セメスターの授業

「アフリカアメリカンの歴史」と「韓国語」

日本語を教える以外に、私は2つの授業を学生と一緒に受講することが出来る!

そこで選んだのが、

  • アフリカアメリカンの歴史(Africa-American History)
  • 韓国語(Elementary Korean)

「アフリカアメリカンの歴史」は、かなり深い。さすが、Tougaloo College!

自分は、まさに黒人文化の中心に飛びこんでいるみたい。すべてがリアル。まるで映画やMTVのPVを見ているかのよう。

そもそも、Tougaloo Collegeは、1869年に建設されたようだ。南北戦争が終わったのが1865年だから、黒人の歴史的にとって重要な大学ということになる。

大学内には、プランテーションのオーナーが住んでいた建物がなんと、未だに残っている。「オーナーの家を取り囲むようにして黒人の大学が建っているというところが、なんとも皮肉だよねぇ・・・」と指導教官が言っていたのが、印象的だったな。

Tougaloo Collegeは、南北戦争後も黒人の人権運動に大きく関わってきたようだ。

1960年代の公民権運動中、Tougaloo College 内にキング牧師が隠れていた時もあったらしいっ!!なんともまぁ!

キング牧師の亡くなった日は、今じゃアメリカ国民の祝日だぞ。

そして、もうひとつは、「韓国語」を受講することにした。なぜなら、もう一度、外国語を基礎から学ぶ体験をしたかったから。

学部時代に、韓国語とドイツ語のクラスを取っていたけれど、その時の記憶もどこへやら・・・ もう一度、新しい言語を学ぶという体験をしてみることは外国語教師になった今も、重要なんじゃないかと思ってね。

しかも、韓国語は、日本語ととても似ているから、他の先生がどんな風に教えているのかも興味ありあり^^*

ということで、秋セメスターのお仕事は、

  • 「初級日本語」クラス:週3コマ
  • オフィスアワー:週1時間
  • ランゲージラボ:週12時間

自分の取る授業は、

  • 「アフリカアメリカンの歴史」:週3コマ
  • 「韓国語」:週3コマ

ということに確定なり。

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